
2年8カ月ぶりに日本へ一時帰国し、早稲田大学での研究会に出席している最中に、安倍晋三元首相が襲撃されるという衝撃的なニュース速報が入った。その数時間後、偶然にも事件に関係する論文を筆者は発表することになった。
筆者が新しいデータ(後述)に基づいて再検証した理論は、ラリー・ザ・フラッグ効果(rally ‘round the flag effect、苦境にはせ参じる、の意味)と呼ばれるものだ。1970年にJohn Mueller氏が提唱したこの理論は、戦争やテロ攻撃などの国難時に大統領(あるいは首相)や政権党に対する支持が高まるというもので、多くの政治学者によって実証的な研究が蓄積されてきている。
では、今回の襲撃事件は選挙結果に影響を及ぼしたのであろうか。本稿では、この問いに対して、データを活用した現代政治学の知見を基に考察したい。また、事件に関連した報道に関しても、実験政治学の先行研究を基に論じたい。
テロ事件と選挙結果の関係
まず、そもそもこの有名な理論は、どれほど信ぴょう性の高いものなのか。政治学において最も権威がある学術ジャーナルの一つである「American Journal of Political Science」に今年掲載された論文の中で、筆者であるアメリ-・ゴドフロイド氏は、325にも及ぶ世論調査データ(1985~2020年に実施された40万人以上からの回答者を含む)を総合的に分析(メタ解析)した。
その結果、テロ攻撃は確かに「ラリー効果」があることが解明された。しかし ゴドフロイド氏は、推計によれば影響の大きさは小さく、かつ先行研究のほとんどが米国での事件かイスラム過激派が絡む事件である点に留意すべきであるとしている。
ゴドフロイド氏がテロ攻撃の影響を分析する一方、筆者は国家間の武力紛争(militarized interstate disputes, MID)の影響を、米ギャラップ社が2005年から毎年世界160カ国以上で実施している「ギャラップ・ワールド・ポール」という世論調査と、「Correlates of Warプロジェクト」という詳細な紛争データを組み合わせて分析した。
具体的には、ギャラップ社が世論調査を実施している最中に紛争が発生したケースに絞り、発生直前の一週間と直後の一週間の世論を比較したものだ。27カ国の34000人以上の回答者、46のMIDが分析対象である。
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