「(ウクライナ危機が始まった)2月24日に世界が変わった」と言う米スタンフォード大学のラリー・ダイアモンド教授。中国の台頭により、豊かになるために必ずしも民主主義である必要はないとの考えも広がる中、「民主主義と豊かさは互いに関係している」と言い切り、そうした見解に疑問を呈した。(前回記事は「再興か衰退か ウクライナ侵攻の⾏⽅、世界の⺠主主義の分岐点に」)

米スタンフォード大学のラリー・ダイアモンド教授は中国の動向に注目している(写真:ロイター/アフロ)
米スタンフォード大学のラリー・ダイアモンド教授は中国の動向に注目している(写真:ロイター/アフロ)

民主主義と豊かさは、必ずしも互いに関係がないと受け止める人々が増えています。なぜ民主主義を守らなければならないのか、という問いにはどう答えますか。

ラリー・ダイアモンド米スタンフォード大学教授(以下、ダイアモンド氏):本質的なポイントは2つあると思います。

 1つは、国家の富や資本主義の成功と民主主義の間に関連性がないというのは、単純に正しくないということです。相互に関連はあります。非民主主義国として1人当たりの所得を豊かにし、高いレベルの経済的・人間的発展を遂げた国は、豊富な石油資源という偽りの富によって栄える湾岸諸国は別にして、いまだに世界で1国しかありません。

ラリー・ダイアモンド(Larry Diamond)氏
ラリー・ダイアモンド(Larry Diamond)氏
米スタンフォード大学政治学・社会学教授  1980年、スタンフォード大学で社会学の博士号(Ph.D.)を取得。米バンダービルド大学助教授などを経て現職。2004年にイラク連合国暫定当局の統治担当上級顧問としてバグダッドに赴任した。スタンフォード大学フーバー研究所およびフリーマン・スポグリ国際問題研究所シニアフェロー、民主主義・開発・法の支配センター元ディレクター。ジャーナル・オブ・デモクラシー誌の創設者兼共同編集者。近著に『侵食される民主主義』(上下巻、勁草書房、2022年)がある。

 自ら主導し、企業活動と創意工夫で経済成長を実現した国は唯一、シンガポールだけです。とても小さな国ですし、権威主義とはいえその程度は比較的穏やかです。中国がシンガポールの成功を再現できるとは到底思えません。

シンガポールは例外

 シンガポールには独特な歴史的財産があります。完全に民主的とはいえませんが、総選挙がありますので、与党・人民行動党(PAP)は、失敗したり腐敗したりすれば、世論から見放されると分かっています。

 権威主義的な政権も民主主義的な政権と同じくらい簡単に国を豊かにできるのか、という命題を検証するにあたり、シンガポールは良い例ではありません。

 中国は、権威主義的な政権としては異例の経済成長を遂げました。そこに疑いの余地はありません。しかしまだ豊かになりつつあるところで、中所得国の段階です。まだ高度な先進国ではありません。中国が今、「中所得国のわな」(注)と呼ばれる壁にぶつかっていると見る人は多いです。

注:2007年に発表された世界銀行の「An East Asian Renaissance : Ideas for economic growth」の文中に初めて登場した表現とみられる。経済が中所得国から次の発展段階に進むには投資よりもイノベーションの方が重要になるなど、教育を含めた国家戦略の転換が必要になるが、それができずに成長率が低下、あるいは長期にわたって低迷すること。

 現実に、中国の経済成長が劇的に鈍化していることは間違いないでしょう。私は、現在の中国で見られるいくつかの兆候が示すのは、単に独裁政治だからというだけでなく、独裁政治の深化、権威主義の強化が、中国の急速な経済成長を継続するうえで深刻な障害になっていることだと思います。

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