この間、ロシアの鉱工業生産と貿易額はどのように推移したのか? 図1によれば、08年9月のリーマン・ブラザーズ破綻直後から鉱工業生産も貿易額も共に急減した。他方、14年3月のクリミア併合に対する制裁措置として、欧米諸国は同年7月に金融機関やエネルギー産業に対して欧米市場での資金調達を禁じるなどした。

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 対するロシア政府は、翌8月に欧米諸国からの農畜産物の輸入を停止して報復した。2014年8月以降の貿易額の減少はこうした状況を反映したものである。一方の鉱工業生産は、14年中安定的に推移し、15年の落ち込みも前年比3.4%減にとどまった。同時期の油価急落の影響を除けば、クリミア併合後の経済制裁の影響は、即時性もなければ効果もさほど大きくなかったといえる。

 では、今回の制裁はロシア経済にどの程度のダメージを与え得るのか? 金融取引や貿易の制限という側面から見てみる。金融取引制限としては、ロシア7銀行の国際銀行間通信協会(SWIFT)からの排除や日米欧諸国などの中央銀行が預かるロシア外貨準備の凍結がとりわけ強力であろう。

制裁効果については慎重な検討が必要

 この帰結としてロシアの政府債務が不履行となれば、ルーブル暴落を呼び、物価が急騰して賃金が実質減となり、ひいては消費や投資の低迷に結果するだろう。ただしロシアは,危機を経るたびに、政府系ファンドを創設したり、金利政策の有効性を強化したりして一種の危機「耐性」を高めてきた。そのことからも(詳細は大野成樹著近刊『ロシアにおける金融と経済成長』を参照)、金融取引制限措置のもたらす制裁効果は、慎重にも慎重な評価が必要である。

 貿易制限措置はどうか? 米国はロシア産の原油、天然ガスおよび石炭の輸入を禁止した。英国もロシアからの原油輸入を段階的に減らし、年末までに停止する意向を表明した。しかし、国際原油価格が急上昇する中、ロシアから欧州への石油・天然ガス輸出は今も続いており、SWIFTから排除されていないロシア金融機関を通じた決済も依然可能である。

 エネルギー輸出からロシアが得る外貨収入は、劇的には先細らない可能性が高い。また輸出業者が得る外貨収入の強制売却制度が復活し、外貨獲得額の80%が強制的にルーブルへ交換されることになった。この措置によってルーブル安圧力は幾分緩和されるだろう。このようにわれわれは、今次経済制裁の即時かつ大規模な効果への期待にはやや懐疑的である。

 表3の通り、ロシアの22年経済成長率について、ロシア中央銀行はマイナス8%予想を表明したのに対し、ポーランド経済研究所は最大で20%落ち込むとするなど、関係機関の予測は大きくばらついている。制裁効果の評価の難しさがその背景にある。

 このように、未来予測は大きな不確実性を伴う。しかし、ウクライナとの戦争の継続が、ロシアの企業活動と市民生活に今世紀最大の危機をもたらすことはほぼ確実であろう。

プーチンの戦争と日本経済

 最後に、現在進行しているウクライナの戦争破壊とこれから起こるロシアの経済危機が、日本経済に及ぼす影響はどの程度になるのかを簡単に論じたい。

 ロシアの全世界のGDPに占めるシェアは直近の2年間で1.7%にすぎず(日本は5.7%)、日本の輸出・輸入に占めるシェアも2019年実績でおのおの0.9%および1.9%足らずであることを鑑みると、その直接的な影響は軽微なものにとどまるかもしれない。

 しかし、GDP成長率で見た世界金融危機の経済ショックの規模は、震源地である米国や欧州よりもむしろ日本の方がよほど大きかった。その歴史的事実を振り返れば、原油市場、証券市場、欧州経済およびグローバルバリューチェーンの変動を通じてもたらされる我が国への否定的インパクトを過小評価するのは、危険ではないかと考える。

 世界経済システムはわれわれが通常想像している以上に複雑で、各国は互いに極めて密接に連結している。ロシアやウクライナもその例外ではない。それは一連の対ロシア経済制裁が専門家でも予想し得なかったさまざまな問題を引き起こしている事実にも如実に現れている。

 我が国は依然として世界経済の主要なプレーヤーの一員であるが故に、その未来予測の難しさはロシアやウクライナをはるかにしのぐ。そこについては、日本経済研究者の英知による分析を期待したい。

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