
ウクライナへ軍事侵攻するというロシアのウラジーミル・プーチン大統領の決断は、世界中の人々を驚愕(きょうがく)させ、震え上がらせている。その行方は極めて不透明であり、国際社会の将来に暗い影を投げかけている。
少し考えれば、この戦争は、ウクライナだけでなくロシアにとっても破滅的な帰結をもたらし得ることが容易に想像できるのに、プーチン氏はどうしてこのような蛮行に及んだのか? この小論ではその経済的背景と、いわゆる「プーチンの戦争」が近い将来にロシアと日本へ及ぼす影響について論じてみたい。
戦争前夜のロシア経済
2000年代のロシアは、ブラジル、インド、中国とともに新興市場大国BRICsと呼ばれ、実際にもその名に恥じない高度経済成長時代を謳歌(おうか)した。実際、00~08年の国内総生産(GDP)実質成長率は、実に期間平均年7%を記録している。しかし08年9月の世界金融危機以後、ロシア経済は変調を来たす。
翌09年のマイナス7.8%という深い景気後退からは1年で復帰するも、以前の成長力を取り戻すことはできず、そこに14年3月のクリミア半島併合に起因する経済制裁の否定的な影響と、後述する基幹産業のあからさまな国家支配の拡大が相乗的に効果して、民間企業セクターの活力は徐々に失われていった(表1)。
ロシア民間企業の衰退を示唆する証拠は少なくない。その中でも筆者らが注目するのは次の3点である。
第1は、世界金融危機以後の市場参入率の低迷と退出率の激しい上昇である。市場参入率が退出率を大幅に上回る状態が常だったロシアは、11年以後その差が急激に縮まり、16年以降は退出率が参入率を大幅に上回る状況が続いた。
この結果、同国の企業人口は、史上最高値である15年の504万社から21年の347万社へと劇的に減少している。第2は、00年代前半までは大変盛んであった救済合併活動の著しい縮小である。上智大学の安達祐子教授と岩﨑の共同研究によると、経営破綻企業が救済合併される確率は、07年の75.8%から19年の6.7%へと急落している。
法的破産処理を代替するための救済合併の活発さは、司法制度が脆弱(ぜいじゃく)なロシアでは起業家活動のよきバロメーターであったのに、その低迷は目を覆うばかりだ。第3は、損益分岐点以下の企業が2019年の時点で全体の32.5%に達し、その後も赤字企業が徐々に増え続けていると推測されることである。
以上の事実関係に加えて、周知の通り、新型コロナウイルス感染による経済被害はロシアでも深刻で、20年の経済成長はマイナス2.7%に落ち込んだ。21年にかけての2年に及ぶ景気低迷の中で、一般企業の経営体力はさらにそがれたとみてよい。つまり、戦争前夜のロシア経済は、民間企業セクターが衰退し、疲弊していたといえるだろう。
オリガルヒの跋扈(ばっこ)とプーチンとの結託
一方、プーチン氏の取り巻きであるオリガルヒ(新興財閥経営者)は、政府の強い庇護(ひご)の下でいわゆる「ビッグビジネス」の多くを奪取し、その結果、ごく一握りの人々がロシア企業資産の過半を所有するという産業体制が築かれた。実際ロシア財界の集中度はすさまじい。
ロシア経済誌RBKによる、ロシアの20年売上高上位500社ランキングを見ると、これら500社の総売上高は84.9兆ルーブルであり、その対GDP比は79.4%に相当する。14年は70.9%、17年は78.5%であったから、ロシア大企業の市場支配度はその水準が極度に高いというだけではなく、漸次増大する傾向ですらある。
RBK誌の企業ランキングが明らかにするもう一つの事実は、国有企業の際立った存在感である。上位500社中75社が国有企業であるが、その売上高シェアは推定40%超に達する。表2は、ランキングトップ20社を一覧しているが、実にその12社が国有企業である。国家の産業支配は極まっているといえるだろう。
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