ここでは、具体的には「2年間の時限付きで消費税率を10%から5%に軽減する」ことを想定する。ただし、軽減税率対象品目は3%になるとして、全品目で税率が5%引き下げられる状況とする。また、その政策は実施の半年前に発表されるとして、それまで予期されないとする。こうした政策による消費の変化のイメージを示すのが、図3である。

図3 時限付き消費税率引き下げに対する消費の反応のイメージ
図3 時限付き消費税率引き下げに対する消費の反応のイメージ
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 こうした時限付きの減税では、所得効果はほとんど期待できない。キャシン氏との論文では、2014年の税率引き上げでは大きな所得効果が観察されたことを報告した。しかし、その大きな影響は税率が恒久的に高くなるケースだからこそであり、2年間程度の時限付きとなれば効果は限定される。

 たとえば、40年間生きる家計を考えると、生涯を通じた消費のうち減税対象となるのは5%程度(=2年/40年)であり、税率が5%低くても生涯を通じた可処分リソースの増加分は0.25%程度にすぎない。

 また、異時点間の代替効果についても、大きな影響は期待できない。1回限りの増税と異なり、引き下げのアナウンス時点、減税が実施された時点に加え、減税期間終了時点にも発生する。最初の変化はマイナス方向で非常に小さいが、正確な大きさは分からない。その後、税率引き下げ時に消費は増加し、引き下げ期間終了時に同じ幅だけ減少する。その大きさは、5%の税率変動であることから、消費を0.7%増減させる程度と考えられる 。

 これらの相対的に小さな変化に対し、支出タイミングの裁定効果は実に大きい。耐久財・備蓄可能財への支出が、減税期間の開始直前に大幅減少し(買い控え)、開始直後の3カ月程度は大幅増(反動増)が発生する。同様に、減税期間終了前後は、駆け込み需要と反動減が発生する。

 2014年と比べて税率の変動幅は大きくなるため、消費のアップダウンは10%程度になる可能性が高い。とはいえ、支出タイミングの裁定効果は、いずれにしても短期的な影響にとどまり、プラスマイナスがキャンセルアウトされ、長期的な消費増加効果はない。

 結局、長期的に見て消費を増加させる効果があるのは所得効果のみで、2年程度の減税期間では大きな消費刺激効果を期待することはできない。本来ならば、人為的に「お得な期間」をつくることで将来の消費を先取りすることをターゲットとすべきであるが、日本では異時点間の代替効果が小さいという結果があるため、それには大きな効果が期待できないことが大きな制約となる。

タイムリーな分析の落とし穴

 もちろん、減税期間を延長することで所得効果を大きくすることはできる。しかし、その場合には社会保障の財源をどのように確保するかの議論が不可欠であり、2009年からの「税と社会保障の一体改革」の議論を繰り返すことになる。財源論となれば、経済的にも政治的にも慎重な議論が必要な分野であり、タイムリーな対応の求められるアフターコロナの消費刺激策としては、適切な選択肢とは言えない。

 こうした考察にもよらず、もし消費税率引き下げが実施されたとすれば、支出タイミングの裁定効果も異時点間の代替効果も、ともに税率引き下げ期間の消費を高くする効果がある点には注意が必要だ。前後の期間における消費の落ち込みによってキャンセルアウトされる変化ではあるが、減税実施の時点では非常に大きな消費の増加が見られるため、一見すると消費税率引き下げが強く消費を刺激したように見える効果がある。

 実際、リーマン・ショックの際に英国で付加価値税の時限付き引き下げが実施されたときには、リアルタイムに発表された研究では非常に大きな効果があると報告されたものの、最終的には大きな消費刺激効果を持たなかったという研究が後に公表され、それがコンセンサスとなっている。政策評価ではタイムリーな分析が求められるが、素朴なデータの観察ではなく経済理論に基づく冷静な評価が不可欠である。

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