素晴らしいアイデアが製品やサービスとして形になり、スケールする秘訣は何か。ジョン・A・リスト米シカゴ大学経済学部特別教授は、経済学の知見を米ホワイトハウスや米ライドシェア大手ウーバーテクノロジーズなど実務の現場で、試行錯誤しながら「実験」してきた。
リスト教授は、アイデアが形になり「スケールする(規模拡大する)」過程で起きる現象を「ボルテージ・エフェクト」と呼ぶ。そして試行錯誤を繰り返して得られた科学的な知見や教訓を、スケールアップのためのチェックリスト「ビッグファイブ」などとしてまとめ、2022年2月1日に『The Voltage Effect:How to Make Good Ideas Great and Great Ideas Scale』(日本語版の発売は未定)として発刊した。早速、リスト教授にインタビューした。
リスト教授は、2002年からシニアエコノミストを務めたホワイトハウスで、エビデンスに基づく政策立案(EBPM)を環境問題に生かしたのをはじめ、米自動車大手クライスラー(現欧米自動車大手フィアット・クライスラー・オートモービルズ[FCA])、ライドシェア大手ウーバーテクノロジーズ、英ヴァージン・アトランティック航空など、ビジネスの最前線で経済学のアイデアを応用してきました。
ジョン・リスト米シカゴ大学経済学部教授(以下、リスト氏):私は、「スケールする(規模拡大する)」ことは、アイデアで社会にインパクトを起こすための必須条件だと考えています。「人々の生活にインパクトを与えない限り、アイデアは無意味だ」というのが私の信条です。
アイデアは、スケールしてこそ目的を果たすことができるのです。

米シカゴ大学経済学部特別教授
私は経済学者で、専門はミクロ経済学のフィールド実験(field experiment)や行動経済学です。ありふれたことから重大なものに至るまで、日々の意思決定の裏にある「動機」を科学的に突き止めるのが私の仕事です。びっくりするようなファクトが見つかることも多々あります。そうした知見の集大成をまとめ、アイデアをスケールする秘訣をまとめた本『Voltage Effect:How to Make Good Ideas Great and Great Ideas Scale』を2月1日に出版しました。
例えば、オンライン小売り大手の米アマゾン・ドット・コムやウーバー、米電気自動車(EV)大手テスラ創業者のイーロン・マスク氏が成功できたのはなぜだと思いますか。彼らのビジネスには、「規模の経済」(Economies of Scale)が利いたからです(注1)。
規模の経済によって、競合の新規参入を妨げることができます。ある程度まで規模拡大できれば追加のコストが微少になる一方、後進の競合がそこまで持っていくのが大変になるからです。私はこれを「ボルテージ・ゲイン(熱気の上昇)」と呼んでいます。つまり、成長の熱気、ボルテージが上がれば上がるほど利益が増える状態です。
「規模の経済」vs「規模の不経済」
この反対の概念が、「規模の不経済(diseconomies of scale)」です。例えば、教育の質を高く維持したいと思えば、優秀な教員を大量に雇わなければなりません。予算に制約もあるのに、狙い通りの教育活動を全面展開できる人数の優秀な教員を雇うことが果たして可能でしょうか。教員を雇えば雇うほど、成果に比べてコストが拡大してしまう。これが「規模の不経済」です。
コストがかさみ続ける中、続けられなくなるタイミングが訪れる。私はこのタイミングを「ボルテージ・ドロップ(熱気の下落)」と呼んでいます。規模拡大のボルテージ上昇が、ある時点で何らかの原因で持続できなくなり、急落する現象のことです。ボルテージ上昇とボルテージ下落、この2つを私は「ボルテージ・エフェクト(Voltage Effect)」と名付けました。
スケールのボルテージ下落は、バブル崩壊に似ている気がします。
リスト氏:確かに少し似ていますね。投資家の期待が高まり投資が続くけれどバブルが崩壊して損失だけが残る……。その意味では、政策や事業の成長途中でバブルを崩壊させないためにも、経済学のアイデアが役に立つかもしれません。
どのぐらい投資すればよいかが最初の段階で分からないのは、アイデアがどの市場で使えるか、アイデアをどのぐらい広げられるかを判断しづらいことが多いためです。判断には、障害になり得る5つのポイントを押さえていく必要があります。これを、ボルテージ下落を引き起こす「ビッグファイブ」としてまとめました。
この5つをクリアできれば、追加の投資をしても大丈夫でしょう。うまくいかない項目があれば、それを克服できるようにピボット(方向転換)した方がいい。ピボットが難しければ、スケールアップに限界があると理解したうえで身の丈に合った投資を考えればよいでしょう。
「ビッグファイブ」とは、具体的にどのようなものですか。
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