守りのDX、攻めのDX

 DXは、言葉の理解が人によって大きく異なります。そのため、同じ「DX」という言葉を使っていても、互いの理解が進まないといったことがよくあります。この場合、DXを「守り」と「攻め」に分類するとすっきりと整理できます。

 まず、「守り」とは既存業務プロセス自体をデジタル化することにより、コストを下げ、生産性を上げる取り組みを指します。押印を含む承認作業の電子化、コールセンターのチャット移行、リモートワーク体制整備による移動コストの削減や、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)導入などが分かりやすい例として挙げられます。

 「守り」のDXを推し進めるための適任者は通常、社内情報システムを統括するCIO(最高情報責任者)です。様々な業務効率を向上させてくれるITツールがあります。自社の業務プロセスを分解し、必要なステップで最適なツールを導入することで、どの程度のコストを削減できるか試算し、実装、運用へとステップを踏みます。

 これはあらゆる組織が生産性を上げるために取り組まなければならないことであり、営利目的ではない官公庁や自治体などの組織でも必須となります。

 一方、「攻め」のDXはデジタル産業革命時代に合った形でビジネスモデルを創造したり、再構築したりすることが必要となります。実際には新規事業の立ち上げと同様の難しさが伴います。場合によっては、従来の自社のビジネスを破壊することに挑戦しなければならないこともあります。

 顧客の環境変化に目を配りつつ、テクノロジーの進化もウオッチしていかなければならないため、責任者はCDOが適任です。

 つまり、「守り」と「攻め」でDXは取り組むべき業務も、目的もまったく異なります。適任者も当然異なりますので、人材の選定が極めて重要になります。東京都は元ヤフー代表取締役社長の宮坂学氏を招へいして副知事に登用したことで、一気にデジタル化が進んでいます。一方、海外に目を向けると、米ウォルマートはEC(電子商取引)ベンチャーを買収し、そのトップをCDOに起用して復活しています。

 CDOの人選は特に重要なのです。

コロナ禍がDXを早めた

 後から振り返れば、2020年は時代の大きな転換点となる可能性が高いといえます。コロナ禍の影響を直に受けて業績が悪化する企業がある一方で、大きく業績を伸ばすことに成功した企業もあります。

 米マイクロソフトのサティア・ナデラCEO(最高経営責任者)は「(パンデミックが発生した)2か月で2年分のデジタルトランスフォーメーションが起きた」と語っています。実店舗を保有する事業者がコロナ禍で来店客が減り苦しむ中、アリババグループが買収した百貨店はライブコマースを活用することで好調を維持しました。

 米国の小売業界でも、JCペニーが倒産する一方で、ウォルマートや米ターゲットは復活し好調を維持。全米最大手のフィットネスジムであるゴールドジムが破綻に追い込まれるのと対照的に、自宅で動画を見ながらフィットネスできる米ペロトンが上場し、時価総額は3兆円を超えています。

 このように、あらゆる業界で企業の明暗が分かれました。その鍵を握っていたのがDXなのです。業績が悪化した企業もまったくデジタルへの投資をしていなかったわけではないでしょう。ECを手がけたり、業務効率化を進めたりしていたと思います。それでも息絶えてしまったのは、「攻め」のDX、トランスフォーメーション(変革)ができていなかったからです。

 現在は多くの国で、企業に対しても一時的な補助が出ています。しかし、各国の財政事情を考えると、いつまでも延命措置が続けられるわけではありません。この先、事業継続が厳しくなる企業が顕在化するでしょう。

(この記事は、書籍『ZERO IMPACT ~あなたのビジネスが消える~』の一部を再構成したものです)

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