高齢化が進む日本では医療費が増大し続けており、オンライン診療の導入は必須です。2020年10月、菅義偉前首相は所信表明演説でオンライン診療の恒久化推進について言及しました。新型コロナウイルスの影響で暫定的に解禁されたオンライン診療ですが、依然として医師会などの反発も根強く、実際の普及にはまだ時間がかかりそうです。
長時間待った揚げ句に診療時間はわずか数分だけという経験は、誰もがしたことがあるでしょう。決まった薬を処方されるためだけに来院するほど無駄なことはありませんし、コロナ禍のさなか、患者が大勢集まる病院にわざわざ行きたくないという人もいるでしょう。
一方、海外ではオンライン診療が広がっています。最も有名な事例としては、中国の平安保険グループが提供する医療プラットフォーム「平安グッドドクター」が挙げられます。
平安グッドドクターは、まず大量の医者を採用してオンライン診療を始めました。実際の患者とのやり取りからデータを収集してPDCA(計画・実行・評価・改善)を回し、徐々にAI(人工知能)に置き換えていくことで、医者を徐々に減らしていきました。
がんの診断においても、医者の目で判定するよりも、AIの画像分析での判定のほうが精度が高いことが実証されています。医者とAIがそれぞれの得意分野で分業することができれば、より正確な診断と効率化を両立できます。
オンライン診療で出遅れている日本ですが、それでも少しずつ前進しています。筆者が通っていたのは、健康診断の結果報告を来院かオンラインか選べる病院だったため、オンラインを選択してみました。実際にかかった時間はおよそ1分。そのたった1分のために移動時間を使っていたのかと思うと、オンライン診療の効率のよさを実感できました。
このクリニックは2年前に新設され、医院長も若いためオンライン診療に理解があって対応していましたが、高齢の医者には依然として抵抗はあると思います。しかし、利便性を考えれば、この流れはもはや避けられないと思います。
オンライン診療以外にも、あらゆるモノがネットにつながるIoTにより健康データが手軽に計測できるようになれば、病気を未然に防ぎ、医療コストを抑えることにもつながります。すでに、米フィットビットの「Fitbit」や米アップルの「Apple Watch」などのスマートウオッチでは、心拍数の計測や睡眠管理ができるようになっています。
今後、さらに進化していけば椅子やベッド、トイレの便器など、様々なモノがIoTによってつながり、健康データを取得したり、分析したりできるようになるでしょう。健康の異変を事前に察知できるようにもなります。まさにトイレで用を足すたびに健康診断ができるイメージです。
医療業界自体の効率化につながるサービスも増えており、メドピア(東京・中央)が提供する医師同士の情報交換プラットフォーム「MedPeer」や、アルム(東京・渋谷)が提供する医療関係者間コミュニケーションアプリの「Join」などがあります。
命に関わる医療業界には特に厳しい規制が敷かれています。テクノロジーの進化状況をきっちりと把握し、状況に応じて緩和が進めば、高齢化社会を迎えている日本で数少ない成長産業である医療業界に参入するベンチャーはさらに増えるでしょう。結果、業界全体の効率化につながっていくはずです。
高品質・低価格のユニクロ、消費行動を変えたメルカリ
衣食住の「衣」の領域でも低価格化が進んでいます。食品業界同様、エネルギーコストがゼロに近づくことで、製造や輸送コストが減るという考え方はもちろんありますが、業界特有の動きとして際立っているのは、高品質と低価格を両立させたユニクロと、消費行動を変えたメルカリです。
ユニクロは数多くの機能性商品を低価格で提供し、衣料業界の基準を変えてきました。ユニクロの戦略で特徴的なのはSPA(Specialty store retailer of Private label Apparel:製造小売り)です。商品の企画から製造、物流、販売までを自社で一気通貫で担うビジネスモデルで、生産から流通までのコストを下げることができ、低価格での商品提供が可能になります。また、店頭の販売データを迅速に収集することで、売れ行きのよい商品の生産ラインを優先的に確保することもできます。
アパレルブランド「ZARA(ザラ)」を運営するスペインのインディテックスや、「H&M」を運営するスウェーデンのアパレル大手ヘネス・アンド・マウリッツなど、世界のファストファッション業界ではトレンドを1週間単位で取り入れて、グローバル規模で生産し、安価に流通させる仕組みを作り上げています。この体制を可能にしているのも、テクノロジーを随所に取り入れ、徹底的に効率化された在庫管理や流通、店舗のあり方です。
ブルックス・ブラザーズやバーニーズ・ニューヨークなど、米国ではアパレルブランドの破綻が続いています。背景には当然、米アマゾン・ドット・コムの影響もありますが、そのような環境下でも生き残っている衣料品店に共通しているのはITを活用した徹底した効率化です。
例えば、ショールーム機能に特化した店舗を造るブランドが増えています。これまで店舗に置いてある商品は、その場で購入することを目的としていましたし、それが当たり前でした。
一方、ショールーム化された店舗に置いてあるのはあくまでもサンプルで、店内に販売在庫を持ちません。来店客は欲しい商品を見つけると店員に声をかけ、店員は持っているタブレット端末で商品在庫を確認します。顧客が購入を決めるとタブレット上でそのままオンライン注文し、商品は直接自宅に発送されます。
店舗の在庫スペースが不要のため、店舗運営コストを抑えられます。タブレットと専用端末を使ってカード決済すれば、レジすら不要になります。
製造過程における効率化に取り組んでいる日本企業としては、例えばシタテル(熊本市)という衣服生産関連のベンチャーがあります。シタテルでは縫製工場の閑散期、つまり遊休資産を活用するビジネスモデルで、工場のシェアリングエコノミービジネスといえます。
印刷のシェアリングプラットフォームを確立したラクスル(東京・品川)の場合、印刷工場を効率的に活用することで工場自体の収益向上に貢献していますが、シタテルも同じようにプラットフォーム化に成功すれば縫製工場の収益に寄与でき、安価で高品質な商品を流通させることができるようになるでしょう。ファッション業界全体のDX(デジタルトランスフォーメーション)の一つの形といえるかもしれません。
一方、流通サイドで変革を起こしたのがメルカリです。今では、若い世代から主婦層を中心に、日本の生活者の消費行動を大きく変えている同社ですが、個人間の2次流通を当たり前にしただけでなく、後に2次流通マーケットで販売することを前提とした商品購入という新しいモノの買い方を生み出しました。
新品の商品を1万円で購入して数回使用しても、メルカリを使って5000円で販売できれば、実質5000円で購入したことになります。メルカリで購入したモノを、さらにまたメルカリで販売するといったことが起これば、衣料のコストは段階的に下がっていきます。
大量生産・大量消費時代を経て、モノを長期間使ったりシェアしたりすることで資源を有効活用する価値観へと変化が起きました。こうした価値観を基に行動に移せるプラットフォームも登場しています。地域情報サイトの「ジモティー」もその一つです。
もともと米国にはインターネットの黎明(れいめい)期から存在しているクレイグスリストという企業があります。地域単位で分類されたサイト「クラシファイドサイト」の草分け的存在で、ジモティーはこの日本版のような位置づけです。譲りたい中古品情報を掲載できる掲示板のようなサービスといえば、イメージがつきやすいかもしれません。なるべく安く、できれば無料でモノを手に入れたいという人だけでなく、モノを大切にしようという価値観を持った人たちの間でもこうしたサイトの活用が広がっています。
企業努力によって衣料自体の価格が低廉化していることに加え、消費者側の意識の変化をうまく捉えたプラットフォームの活況が相まって、衣料業界全体がコストゼロに近づきつつあります。
コストゼロ化の流れは枚挙にいとまがありません。詳細は省きますが、EC(電子商取引)サイトを立ち上げる時はベイスが提供するショップ構築サービス「BASE」を使えば無料になりますし、実店舗でのビジネスは集客にSNSを使えば無料でプロモーションできます。グーグルが提供するローカルビジネス管理ツール「Googleマイビジネス」を使えば、検索したり、地図を見たりしているユーザーを効果的に集客することも可能です。
これら全てはインターネットが普及したことによって実現したコストゼロの実例といえるでしょう。
(この記事は、書籍『ZERO IMPACT ~あなたのビジネスが消える~』の一部を再構成したものです)
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