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 先日、孫泰蔵氏と対談する機会があり、自動車産業の未来についてのお話を伺いました。孫泰蔵氏は、ソフトバンクグループ会長兼社長の孫正義氏の弟であり、孫正義氏の懐刀としてデジタルの未来に精通されています。

 彼によれば、今後数年で自動運転技術が搭載されたEVが街中にあふれ出すと予想されているそうです。それにより何が起きるのかというと、まずはタクシーの無料化です。タクシーのコストの7割は運転手の人件費ですが、自動運転車になると基本的に運転手が不要になります。そこでまずコストの7割が削減されます。

 加えて、EVの部品点数はガソリン車に比べて10分の1といわれています。整備コストが削減され、故障のリスクも大幅に減ることで車体の維持費も下がります。

 自動運転のため人為的ミスによる事故の心配もなく、保険にかかる費用や事故の修理代も抑えられます。これら全てを合わせると、タクシーの運営コストが現在の10分の1以下に削減できることになります。そこまで運営コストを削減できれば、異なるビジネスモデルを検討できるようになります。

 例えば、利用者に広告を見せることで得られる広告主からの収益で運営費をまかない、タクシー料金を無料にすることも可能でしょう。孫泰蔵氏自身、自動運転技術を持った無人タクシー(ロボットタクシー)のベンチャーに投資していたこともあり、業界の知見は豊富です。様々な情報を基に予測されているので、現実に起こり得る可能性は高いでしょう。

 実際、テスラCEO(最高経営責任者)のイーロン・マスク氏も、2020年7月に中国・上海で開催された世界人工知能大会(WAIC)のビデオによる基調講演で、「場所が限定されることなく、システムが全てを操作する完全自動運転の段階であるレベル5達成が近い将来実現できる」と表明しました。

 米国では近いうちに完全な自動運転EVが公道を走るようになるでしょうし、そうなるとこれから3年から5年ほどのスパンで、あらゆる自動車メーカーが自動運転、かつEVに対応せざるを得なくなり、世界中で一気に普及していくでしょう。

 仮に、自動運転技術を搭載したEVが世界中に普及し、孫泰蔵氏の予測する無料タクシーが都市の街中を走り出すと、ドア・トゥ・ドアでどこへでも無料で移動できる世界が広がります。そうなると、あらかじめ決められた特定の区間しか移動できない電車の利便性が著しく下がり、これまで維持してきた料金体系に大きな影響を及ぼすことも考えられます。

 また、簡単に無料タクシーが拾える都市部においては、自家用車を持つ必要がますますなくなり、都市の移動風景が大きく変わるでしょう。

 さらに、孫泰蔵氏は波及効果も指摘します。自家用車に乗らなくなると、駐車場が不要になります。米カリフォルニア州のサンフランシスコ市などは中心部の3割が駐車場ともいわれていますが、世界中の都市部の駐車場で需要が減っていきます。

 タクシーや自家用車が全て自動運転になれば、これまで設けられていた速度制限は無用のものになるかもしれませんし、信号機も不要になるかもしれません。完全自動運転車では人為的ミスが生じる可能性がゼロですので、事故の発生確率は著しく下がり、自動車保険のあり方も変わるでしょう。自動運転無料タクシーの登場一つだけを取っても、副次的に様々な影響が出てくることが予想されます。

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