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 1989年にバブルの頂点を迎えるまで、世界は製造業を中心とした競争の時代を過ごしました。日本はこの過程において急成長を遂げ、国内総生産(GDP)で世界第2位の経済大国にのし上がるまでに至りました。戦後の荒廃から短期間に成し遂げた日本の急成長は世界から奇跡と称されました。

 しかし、1990年から2020年までのインターネット競争時代の30年間、日本は米国の後じんを拝しました。米国はこの30年間で約10倍の株価上昇を実現した一方で、日本は2010年、GDP世界第2位の座を中国に明け渡してしまいました。明暗がくっきり分かれたのです。

 では、これからの30年、つまり2050年までに競争のフィールドはどこに移るのでしょうか? そしてその時の勝者となる国はどこなのでしょうか?

 過去30年間に繰り広げられたインターネット競争、プラットフォーム競争において、その影響を受けたのはインターネット関連企業に限られました。

 しかし、今後の30年間はあらゆる機器がインターネットと接続され、全ての企業がインターネットのインフラ上で事業展開せざるを得なくなります。農業などの第1次産業も、製造業の第2次産業も、サービス業の第3次産業も、全てがそうです。

 今後の30年は、過去30年を上回る大きな変革が訪れることは必至と言って間違いないでしょう。

 19世紀後半に米国とドイツを中心に起きた第2次産業革命で、交通手段は馬車から自動車へと大きく変わりました。米ニューヨーク五番街の有名な写真が示しているように、1900年当時の馬車中心だった街並みが、1913年には自動車中心の街並みに変わるまでの期間は、わずか13年です。

 つい数年前、中国の深圳では、トヨタ車のタクシーが大半でした。ところが、2019年に筆者が訪れた際には、トヨタのガソリン車を探すこと自体が困難でした。中国・比亜迪(BYD)の電気自動車(EV)に完全に取って代わられていたのです。この間、わずか数年の出来事です。

 第2次産業革命と同様、今後10年で街中の風景は大きく変わります。ガソリン車に代わってEVや自動運転技術を搭載したクルマが走り回ることになるでしょう。

 ガソリン車がEVになったり、自動運転技術が搭載されたりするインパクトは計り知れません。自動車業界だけにとどまらず、タクシーや鉄道など交通インフラ、信号をはじめとする路上設備、ガソリンスタンドなどエネルギーインフラ、保険や金融インフラなど、様々な業界に大きなインパクトを及ぼします。

日本最大手のトヨタが抱く焦燥感

 次世代自動車産業は、クルマがネットにつながる(Connected)、自動運転技術搭載(Autonomous)、ライドシェアやカーシェアといったシェアリングサービス(Shared)、電動化(Electric)の頭文字を取って「CASE」になると予想されています。

 ガソリン車がEVに代わるのは従来の自動車メーカーはもとより、自動車部品メーカーにも多大な影響を及ぼします。EVにはそもそもエンジンがありませんし、部品点数が大幅に減少するからです。長らく自動車産業を形成してきたエコシステム(生態系)が崩壊し、これまでの技術的優位性が根底から覆されてしまうのです。

 また、自動運転車の技術は米グーグルをはじめとするネット企業や米テスラなどの新興メーカーが先行しており、従来の自動車メーカーは出遅れています。ここにシェアリングサービスが加わってしまうと、クルマの購入者は大幅に減少し、ビジネスモデルを根本から見直す必要に迫られることになります。

 こうした変化に危機感を覚え、トヨタ自動車の豊田章男社長は2017年11月の決算発表で、「トヨタといえどももうこの先は分からない、生きるか死ぬかの戦いに突入するのだ」といった趣旨の発言をしています。そして、豊田社長は今を「100年に1度の大変革期」と捉え、自動車会社からモビリティーカンパニーへと変化していくことを宣言しています。

 2020年1月には、米ラスベガスで開催された「CES 2020」で、あらゆるモノやサービスがつながる実証都市「コネクテッドシティー」のプロジェクト概要を発表しました。

 「Woven City(ウーブン・シティ)」と命名されたこの街では、あらゆるモノ、サービスが情報でつながるであろう未来において、必要とされる新たな価値やビジネスモデルが探求されていきます。

 この壮大なプロジェクトの発表直後、日本に戻った豊田社長は、社内で「自分には関係ない」という声が上がっていることを知ったそうです。その憂いもあり、2020年の年頭挨拶では「『自分の仕事とは関係ない』、この意識を捨てていただきたい」と強いメッセージを社員に向けて発しました。

 経営者として危機感を持ち、また社員一人ひとりにもそれを伝えようとしている姿勢からも、その本気度が伝わってきます。2020年、日本企業で唯一、世界の時価総額ランキング50位以内に入っていたトヨタが、従来の自動車事業だけではなく、新しいビジネスモデルへ転換しなければ生き残れない、そして従業員全員が同じ意識を共有しなければならない、と強い危機感を持っているのです。

米国老舗ブランドの相次ぐ破綻

 今後は第1次産業から第3次産業まで全ての企業が、インターネットというインフラと何らかの関わりを持ちながら事業展開せざるを得なくなります。つまり、無関係な企業は一つもないのです。

 中でも、劇的に変革を迫られる業界がいくつもあります。GAFA(グーグル、アマゾン・ドット・コム、フェイスブック、アップル)を筆頭に、今後は米国発のプラットフォーマーがまるで〝サイバー植民地〟とでも言わんばかりに、日本や世界を席巻していくでしょう。

 日本企業が世界的プラットフォーマーになるのは構造的にはほぼ不可能です。GAFAに続いて、「Netflix」や「Airbnb」、「Uber」などが次々と日本に上陸し、ネットワーク効果を生かしながらシェアを奪っています。プラットフォーマーは「国境を越える」「1社独占」がその特徴ゆえ、全てのデータを吸い上げてしまいます。これらのプラットフォーマーとまともに戦って勝てる企業はほぼいないでしょう。

 こうしたプラットフォーマーが直接影響を及ぼす業界、間接的に影響を及ぼす業界、ほぼ影響が無い業界があります。

 例えば、この10年を振り返っても、米国では小売り、アパレル業界の倒産が相次ぎました。ピーク時には全米1位を誇ったビデオレンタルチェーンのブロックバスターは2010年に、全米第2位だった書店チェーンのボーダーズ・グループは2011年に経営破綻しました。

 さらに、玩具チェーンの「トイザラス」は、2017年に米連邦破産法11条(チャプター11:日本でいう民事再生法)を申請したものの、2018年に再建を断念(2019年に元社員らがブランドを引き継いで新会社を設立)。家電量販店大手のラジオシャックは2015年に経営破綻、スポーツ専門店大手のスポーツオーソリティも2016年に経営破綻(日本ではイオン完全子会社のメガスポーツがブランドを継続)しました。2018年には小売り大手のシアーズ・ホールディングスがチャプター11を申請しています。

 また、アパレル業界でも、2019年にフォーエバー21、バーニーズ・ニューヨーク、2020年に入ってブルックス・ブラザーズがチャプター11を申請しました。

 2020年以降はGAFAの影響に加えてコロナ禍の影響も加わっていますが、2017年からの3年間で1万店舗を超える小売店が閉鎖に追い込まれています。日本ではまだそこまで顕著ではありませんが、ボディーブローのように小売店への影響が広がりつつあります。

 GAFAの影響が比較的少ない業界であっても安心はできません。現在の社会において、好むと好まざるとにかかわらず消費者はインターネットを利用します。全ての企業がネット関連企業に変わるわけではありませんが、多かれ少なかれ変革を迫られることになります。

 ネットをはじめとするテクノロジーが分からないからと諦めることは、これからの時代、企業としての死を意味します。

(この記事は、書籍『ZERO IMPACT ~あなたのビジネスが消える~』の一部を再構成したものです)

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