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 2019年12月、ある講演を聴いていて衝撃を受けました。発言したのは中国アリババグループの創業者であるジャック・マー氏。対談相手はソフトバンクグループ会長兼社長の孫正義氏でした。

 マー氏は誰もが知る、インターネット業界の寵児(ちょうじ) 。一代にして時価総額60兆円を超える世界屈指のネット企業を生み出した人物の言葉だけに、一瞬、耳を疑いました。

 決して冗談で口にしたようには聞こえませんでした。週にたった3日、3時間しか働かない時代がもし来るとしたら、人々は余った時間で何をするのだろう? それだけの労働で生きていけるだけの対価は得られるのだろうか? 次々と疑問が湧き起こってきました。

 これまでも、AI(人工知能)やロボティクスによって多くの職が奪われていくのではないかという懸念の声はありましたが、あくまでもこうした声は「かもしれない」という仮定の話。ここまで明確な時期や具体的な未来像を断言した発言を聞いたのは初めてでした。

 テクノロジーは確かに、人々がこれまで当たり前だと思って取り組んできた、単純かつ疲弊する作業を肩代わりしてきました。

 「24時間働けますか?」というコピーがもてはされた時代と比べれば、昨今では「ブラック企業」という言葉が市民権を得ているように、労働時間に対する意識は大幅に改善されました。

 週休2日制を初めて日本に導入したのは松下電器産業(現パナソニック)とされています。ほかの企業もその後追随し、官公庁が週休2日制を導入したのはバブル経済崩壊後の1992年です。

 それから30年がたとうとしている現在でも、一部を除けば多くの企業は週休2日制を採用しています。しかし、こうした中で、テクノロジーとテクノロジーがもたらすインパクトを知り尽くしたマー氏は、いずれ「1日3時間、週3日しか働かない」という確信めいた予言をしたのです。

 この予言には続きがありました。

 「テクノロジーは私たちがより働くためにあるのではない。人生をより楽しむためにあるのだ」

 それからしばらく、マー氏のこの発言は筆者の脳裏から離れなくなりました。未来を予測する書籍を読み漁ったり、SF映画を見たりすることが増えました。

 例えば、映画『エクス・マキナ』や『her/世界でひとつの彼女』では、AIと人間の心理戦が描かれていました。自分の好みや思考の癖を理解し、適切な対応を返してくるAIに対して、人間が恋愛感情を抱く世界が表現されていました。

 まるで絵空事のようなストーリーの数々。ただ、マー氏の予言めいた言葉を聞いた後では、こうした一つひとつの未来の姿が本当に訪れるのではないかと考えるようになりました。

 確かに、ソニーが1999年に発売した犬型ロボット「AIBO(アイボ)」は、修理を「治療」、修理工場を「病院」と呼ぶほど、感情移入したファンがあふれました。20年後、30年後には人間がAIやロボットに対して同様の感情を抱くようになるのは、決して不思議なことではないのかもしれません。

 SFの世界は未来の姿を描き出しますが、世の中のエンジニアは現実の世界でそれを実現しようと真剣に努力を続けます。1977年に公開された映画『スター・ウォーズ』でロボットの「R2-D2」が空間に映し出した立体的なレイア姫は、「レイア姫のホログラム」とその後呼ばれるようになり、多くの研究者が様々なアプローチで実現しようと努力を続けています。

 一方、1966年から放映が始まり、シリーズ化された米国のテレビドラマ『スタートレック』で登場する情報端末「PADD」は、後に米アップルが発売した「iPad」の原型とされています。

 その時点では不可能と思えることでも、テクノロジーは未来を創り出してきました。であれば、経営者としてマー氏の言葉も真剣に捉えて考えなければならない。そんな思いを巡らせているまさにその時、世界をコロナ禍が覆いました。

続きを読む 2/2 コロナ禍が早めた時計の針

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