テクノロジーの波が幾度となく押し寄せる音楽業界。楽曲を届けるメディアは絶えず定期的に形を変え続け、ときにはデジタルでモノとしての形を消し、容赦なくビジネスモデルの変更を迫られる。

 だが、音楽業界はビジネス環境や人々の意識の変化をいち早く理解し、巧みに対応し、そして生き残っている。DX(デジタルトランスフォーメーション)が叫ばれる日本で最も学ぶものが多いのは、音楽業界のトランスフォーメーションの歴史かもしれない。

 2014年にユニバーサルミュージックの社長兼CEO(最高経営責任者)に就任し、8年間にわたって経営のかじ取りをしてきた藤倉尚氏に話を聞いた。

ユニバーサルミュージック藤倉尚社長兼CEO(写真=的野弘路)
ユニバーサルミュージック藤倉尚社長兼CEO(写真=的野弘路)

音楽業界は常にいち早くテクノロジーの波にさらされ続けている業界の一つ。これまで自身で感じた変化を挙げてほしい。

ユニバーサルミュージック藤倉尚社長兼CEO(以下、藤倉氏):私自身、もともと音楽は好きだったがミュージシャンを目指していたわけでもない。それどころか、最初に就職したのは当時、味の素グループに所属していた洋酒メーカーのメルシャン。もともとお酒も好きで、自分が楽しめる仕事がしたいなと思って就職した。

 20代半ばに、たまたま九州で音楽の仕事をしている人たちと出会い、自分も音楽に携わる仕事がしてみたいとユニバーサルミュージックと統合する前のポリドールに転職した。

 2014年にユニバーサルミュージックの社長に就任したが、それまで様々な経験を積んできた。今考えれば信じられないが、当時はレコード店を1店1店つぶさに回って、CDやカセット(テープ)、LPを営業していた。お酒と音楽、当時の流通形態は非常に似ていたと思う。

 こうした経験をしてきた自分にとって、個人的に音楽業界が大きく変わった瞬間をいくつか挙げるとするならば、最初に感じたのはダウンロードビジネスが始まったときだ。2002年にレコチョクが始めた「着うた」を見たときは、これから音楽業界は大きな転機を迎えるなと感じた。それ以前に「着メロ」は存在していたが、楽曲そのものをダウンロードする「着うた」は、実際、確実にヒットの形を変えたように思う。

 それまで売れていたアーティストは、育成に時間をかけていた。契約後、ボイスレッスンなどを通じて育成し、デビュー前の様々な準備を整えてから表舞台に立つというスタイルだった。だが、ダウンロードビジネスが始まったとたん、突然、無名のアーティストがミリオンセラーをたたき出す現象が起き始めた。

 同時に販売チャネルも広がった。それまではスタジオでレコーディングして出来上がったマスターテープをCDにして、工場で生産して、それを販売店に配り、発売日にそろえて売っていた。だが、着うたが始まってからはデジタルのマスターデータをレコチョクに届ければ、日本中どこでも瞬時に買ってもらえるようになった。

 その後、大きな変化を認識したタイミングはストリーミングサービスが始まったときだ。月額500円や1000円という定額で、音楽を聴けるようになった。

 開始された当初はもちろんラインアップは限られていた。それでもこれから音楽ビジネスの形が変わっていくだろうなと感じた瞬間だった。

 こうしたいずれの変化に対しても、脅威というよりはむしろ純粋にチャンスだと感じていた。