「ストーリーテリング」から「トラストビルディング」の時代に

広告・クリエーティブ業界は、DX(デジタルトランスフォーメーション)が先行して進んできた分野でもある。この20年間で仕事のやり方が変わったという意識はあるか。

イナモト氏:メディアのあり方、コミュニケーションのあり方は大きく変わった。これまで、広告によってブランドがつくられるという時代が長く続いてきた。時を巻き戻せば、一番古い例が宗教。印刷技術の進歩によって聖書という紙媒体が登場し、本というテクノロジーによってそれまで口伝えだった「教え」が急速に広まった。

 キリストの教えを「物語」にして、聖書というメディアに乗せて人に伝える。そしてそれがブランドになる。このコミュニケーションの方程式は15世紀後半から20世紀までずっと続いてきた。本や新聞、雑誌という紙媒体、ラジオやテレビ、あるいはインターネットと、メディアの種類が広がっただけでブランドをつくる根本的な方程式は変わっていない。

 だが、21世紀に入ってソーシャルメディアが普及すると、情報に対する透明度がぐんと高くなった。企業が嘘を言ったり、提供する商品やサービスが悪かったりすると、すぐばれるようになった。

 それまでのブランドづくりは、いかにストーリーを描いて信じ込ませるかが重要だった。今は信頼を築くことがより重要だ。「ストーリーテリング」の時代から「トラストビルディング」の時代に変わったと感じる。米アップルは競合企業に比べて広告に大きな投資をしていない。店舗に力を入れ、体験やプロダクトにお金をかけ、信頼をつくっている。企業に聞けば、どの会社も信頼の構築が大事だと答えるに違いないが、予算の使い方を見れば本当に実行できているかは一目で分かる。

(写真:的野弘路)
(写真:的野弘路)

「信頼の構築」と聞くと日本企業が得意とする領域にも思える。一方で、グローバルブランドを育てることは苦手としているようにも見える。

イナモト氏:必要なのはコミュニケーションだ。まず英語というグローバルな言語を習得するに越したことはないが、それ以前に、物事を明確に伝えるというコミュニケーション能力が足りていないと感じる場面がある。自分が取引している日系企業のうち、グローバルで伸びている会社には、やることやらないことがはっきりしているという特徴がある。トップの決断が明確で、早い。

 日本の強さやよさをグローバルで広めるためには、まず相手に情報を伝達しなければならない。日本の寿司のおいしさは言語を超えて理解され得るが、コミュニケーションがなければ、相手は寿司が日本にあるということも分からない。

 「日本企業を世界で必要不可欠な存在にしたい」というのが、日本オフィスを立ち上げた理由の1つだ。僕は、日本企業にはもっともっとチャンスがあると思っている。素晴らしいところを生かせるように手伝っていきたい。

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