一方、日本にはまだきちんとしたルールがない。それもこれも、基準がないためだ。我々は閉鎖環境下で珊瑚の産卵を可能にしたため、不要なものを省いてきれいな形で比較実験ができる。基礎研究を進め、グローバルな基準づくりを日本が主導する上でも非常に重要な技術開発だ。

 今後、海洋に影響を与える可能性が高いとされる化学メーカーや自動車メーカーの代行として、彼らの事業が安全であることを社会に向けて証明できると考えている。他社製品に比べ、大きな差異化が図れるはずだ。

 日本市場だけを対象としたビジネスをしている企業には響かないかもしれない。だが、脱炭素でも多くの日本企業が苦戦していることからも分かるように、グローバル企業は必ず海外展開時に規制の壁にぶつかる。こうした企業をターゲットに事業を展開していければと考えている。

イノカの事業はディープテックの領域だ。資金調達についてはどのような計画を立てているのか。

 エンジェル投資家はいるものの基本的には自己資金だけで回している。創業当初、VC(ベンチャーキャピタル)に相談に行ったところ「絶対にこの事業は無理だ」と言われたことを覚えている。今はSDGs(持続可能な開発目標)が一気に注目され外部環境的には非常にいい状態。VCからも連絡をいただくようになったが、パートナーとなってくれている企業に資本を渡していきたいのでと断っている。

 我々の事業は誰かがお金をもうけるための箱にされるのはちょっと違うなと考えている。珊瑚が死滅するまでになんとかしなければという焦りはあるものの、必ずしも早期に成長して上場しなければならないといった考えはない。新しい資本主義の形を体現できればと考えている。

「梨(ナシ)という会社でもつくっておけ」

もともと全く異なる事業をしようとしていたと聞いている。

 その通りだ。もともと財布に装着するデバイスを開発していた。家計簿のラストワンマイルを埋めるために、財布で使うときのお金の出し入れを確認するといったデバイスだった。

 リバネス代表取締役グループCEOの丸幸弘さんから「くだらないやつだな」と一蹴された。そんな米アップルの日本版企業のようなものをつくるなら「梨(ナシ)という会社でもつくっておけ」と言われた。

 「好きなものはないのか?」と聞かれ、「アクアリウムが好きです」と答えた。当時の私はアップルのような企業に憧れていたし、マーケットの大きさを常に意識していた。「こんなちっぽけな市場で戦いたくないです」と丸さんに伝えたところ、「そうじゃない、新しい市場をつくっていくんだ」と言われて目が覚めた。

今後はどのようなことにチャレンジしていくのか。

 とにかく珊瑚の産卵の再現性を高めていくことだ。今回、産卵に成功したのは1種類の珊瑚だけだ。珊瑚は800種類あるため、ほかの珊瑚についても研究を進めていく。

 また、今後は珊瑚の産卵を可能にする水槽の数を増やしていきたい。現在、我々は東京都内に4カ所、大阪に1カ所、水槽を設置しているが、顧客のオフィスなどに設置した水槽でも産卵できるようにしていければと考えている。

 ただ見てきれいというだけの水槽ではなく、世界を救う最前線の研究がここで行われていることを同時に見せられれば。珊瑚は動物。生きているんだということをできるだけ多くの人に知ってもらいたい。

 みんながスウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥンベリさんのようになる必要はないと思っている。私はテクノロジーの逆行はあり得ないと考えている。クーラーや飛行機を使わないのは実際、生活をする上で難しいだろう。

 知恵で解決できるのが人類だ。皆が何かを我慢するのではなく、生き物を面白がり、きれいな珊瑚を愛で、そしてこれらを守ろうよという流れをつくり出していきたい。

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