珊瑚の産卵の瞬間について教えてほしい。
イノカにはCAO(Chief Aquarium Officer:最高アクアリウム責任者)を務める増田直記がいる。生物を飼育するということにおいて卓越した才能を持ち、水生生物を育てるアクアリストとしても第一線で活躍している人物だ。
私と増田は、どこかで今年も珊瑚の産卵に失敗するんだろうなと漠然した思いを持っていた。特に増田は長年珊瑚を飼育してきたからこそ、人工的な水槽の中で珊瑚が産卵することに懐疑的だった。
最初に産卵を見つけたのは会社のスタッフだ。ただし、産卵の瞬間を見たわけではなく、水槽を覆っている暗幕を開けてみたら水が白く濁っていたので産卵したことが分かった。
せっかく成功したのに産卵の瞬間の写真も映像も撮れていなかったが、翌日も産卵してくれたため無事にカメラに収めることができた。
なぜ、珊瑚の産卵に力を注いできたのか。
前提として2040年までに珊瑚の8~9割が死滅するといわれており、絶滅の危機に瀕している。だが、一方で海洋生物は全体の25%が珊瑚に依存して生活しているといわれている。
全海洋面積における珊瑚礁の割合は0.2%。とてもちっぽけな存在だが、逆にいえば珊瑚を守った際のインパクトは非常に大きいということでもある。生物多様性を守る上で珊瑚は重要なインフラ的な生き物として位置づけられる。
また、珊瑚は島を外洋の波から守ってくれている。実に97%のエネルギーをカットしており、その護岸効果たるや極めて高い。つまり珊瑚が仮に死滅してしまうと、島が波に削られてどんどん減っていく事態に陥る。
そのほかにも、珊瑚からがんの治療薬がつくられたりもしている。海は宇宙よりも解明されていないといわれている領域。陸上の植物は簡単に採集できて増やせるものも多いが、海洋生物はそうはいかない。そのため研究が進んでいない。
「グリーン」に加えて「ブルー」の領域に注目
今後、どのように事業化を進めていくのか。
2021年6月、自然の生態系破壊が企業財務にもたらす影響をどう情報開示するかを検討する国際的組織「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」が正式に発足した。これは企業活動が生物多様性にどのような影響を与えているのか開示を求める活動だ。早ければ22年から企業による試験的な開示が始まる見通しだ。
企業が生物多様性保全のために活動することを「ネイチャー・ポジティブ」と呼ぶ。脱炭素における排出量取引市場と同等のものが今後生まれてくるだろう。だが、脱炭素と比べて難しいのが分かりやすい指標がないことだ。指標がないため、企業はどのような活動に力を入れていけばいいのかが分からない。
これは逆にいえばチャンスだ。脱炭素の動きが広がる中で、日本は欧米にルールメーキングで主導され、後追いの対応に追われた。だが、生物多様性の文脈では日本はまだ十分戦える。特に海の領域を見れば、日本は領海が領土の12倍ある。現存する約800種類の珊瑚のうち、約450種類が沖縄に存在している。珊瑚といえばハワイのイメージを皆さん持たれるかもしれないが、ハワイにある珊瑚は50種類しかない。
このような生物多様性国家だからこそ、「グリーン」ではなし得なかったイニシアチブを「ブルー」の領域で取りにいける。
珊瑚が死滅する要因の多くは温暖化の影響を受けた海水温の上昇だ。これまでは年に1度しか産卵できなかった珊瑚の産卵時期をずらせるのであれば、毎月産卵できるようになる。つまり12倍研究が早くなる。高水温に耐えられる強い品種の珊瑚を生み出せるかもしれない。
また珊瑚のモデル生物化を進めていきたいとも考えている。例えば、現在、ハワイでは珊瑚に悪影響を与えるとして特定の化学物質を含む日焼け止めの使用が禁止されている。パラオではもっと厳しいルールが課されている。
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