厳しい寒さが日本全土を覆っていた2月中旬、東京・虎ノ門のオフィスビルの一角でひときわ大きな歓声が上がった。研究員たちが食い入るように見つめていたのは1つの白く濁った水槽。「エダコモンサンゴ」と呼ばれる珊瑚(サンゴ)が、沖縄でもなく海でもない、水槽の中で産卵していた。
約3年にわたって珊瑚の産卵に挑んできたのはイノカ(東京・港)。なぜこのベンチャーは珊瑚の産卵にここまで情熱を注いできたのか。イノカの高倉葉太CEO(最高経営責任者)に話を聞いた。

今回、珊瑚の産卵に成功した。どのような点が珍しいのか。
珊瑚は年に1回、6月の満月の日前後で産卵するのが一般的。加えて、珊瑚自体は飼育が非常に難しい。これまでも沖縄から卵を持っている珊瑚を運んで産ませたり、沖縄の水を使って水族館で産卵させたりといったケースはあった。
今回、我々がチャレンジしたのは人工的な環境での産卵だ。しかも、産卵時期を通常の6月ではなく4カ月ずらして2月に産卵させた。珊瑚は港区のオフィスに設置した水槽内を6月の海と勘違いして産卵したことになる。
これは環境移送技術をコアテクノロジーにしている我々にとって非常に意味がある。珊瑚の産卵に成功したこと、珊瑚の養殖技術や産卵技術が確立できた点も非常に喜ばしいことだが、環境移送技術の観点からいくと、自然界に近い環境を水槽の中につくり出すのに成功したということでもある。
珊瑚の産卵はあくまでも通過点。自然環境とは何かを理解していく上での一歩と捉えている。
自然界の環境をどのようにつくり出したのか。
物理、化学、生物といった複数の観点からアプローチを試みてきた。例えば、物理的なパラメーターは光、波、温度などだ。光の再現は比較的容易だが、水槽内で波を人工的に再現するのは非常に難しかった。
一方、化学的側面のアプローチは主に水質に関係してくる。カルシウム、マグネシウム、硝酸塩、リン酸塩など複数の要素を見ている。見るべきパラメーターもあれば、見る必要のないパラメーターもある。今後のサービス化を念頭に置いた場合、研究員が四六時中張り付いての産卵は事業として成長しない。脱属人化を図るために自動化を目指す必要があった。
生物的なアプローチは最も面白い点だ。腸内環境を思い浮かべてもらえれば分かりやすいが、目に見えない細菌がどのくらい存在しているのか、どのくらいの多様性があるのかといった点が重要になる。元気な珊瑚の水槽内と元気がない珊瑚の水槽内を比較して調べることで、珊瑚を殺す微生物の存在も分かってくる。決して無菌であればよいわけではなく、様々な細菌が関わり合って珊瑚の産卵にとってよい環境をつくり出している。
我々が使っている一つひとつの技術は決して最先端のものではない。皆が知っている枯れた技術をどう組み合わせて産卵を成功させるかという点を非常に意識してきた。
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