過去を振り返ると、決して同様のファンドがなかったわけではない。例えば、米国ではオバマ政権時にグリーンテックバブルが起きた。だが、そのときのほとんどの企業は日の目を見なかった。理由の1つはファンドの回収期間にある。従来のファンドと同様、5年から10年で回収しようとしていたためだ。

 もう1つは、グリーンテックバブル時、6割がバイオ燃料と太陽光の領域に資金が投じられていたことだ。リスク分散という観点から見ると、かなり偏っていたと言わざるを得ない。こうした点を考慮して、回収期間を長めに設定し、かつ投資セクターとしても7~8領域に分散させていくつもりだ。

VCとしてはリターンを出さなければならない宿命を背負っている。なぜそこに手を出すのか。

鮫島氏:大きく理由としては2つある。1つはANRIというファンドは自分たちの未来を創るというコンセプトで運営されている。我々はリターンは出しつつも、ベンチャー投資を通じて次の世代への礎(いしずえ)をつくっていきたいと考えている。これからの世界は脱炭素を含め、地球環境をよくしていくことが命題となる。

 もう1つはベンチマークにしている欧米のVCがこの領域に対して勝負を仕掛けている点だ。我々がベンチマークにしているVCの1つに、米ブレークスルー・エナジー・ベンチャーズがある。これは、米マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏らが2016年に1000億円超の資金で地球規模の気候変動を解決するために立ち上げたVC。ゲイツ氏にとって、課題発見、そして課題解決方法を自ら考えるという起業家の延長線上で自然な形で生まれたVCであり、金銭的にもうかるということをスタート地点にしていない。

 そのため、攻め方としてもブレークスルー・エナジー・ベンチャーズの手法を参考にしている。まず、二酸化炭素を排出する産業を見極めてアプローチすること。電力や運輸、製造業といったセクターで分け、2030年までに実現できるであろう領域と、2050年という中長期的に実現可能性がある領域を、マトリックスで切って投資先を選定している。

 例えば、電力領域の脱炭素化でいうと、太陽光や風力がある。こうした領域で重視されるのはつくった電気をどこにためるかという問題。そのため、短期的には蓄電池が投資先になる。だが、中期的にみると水素・アンモニアになり、さらに長期的な視点に立てば核融合を狙うという形だ。

未来を語る人は多くいるが誰もつくり出そうとしていない

環境領域における日本企業の強みと弱みは。

鮫島氏:日本には要素技術が散らばっている。大学の研究室は宝の山だ。だが、起業に至るケースは少ない。こうした背景には可能性を秘めた技術はあっても、会社としての社長候補がいないという理由がある。そのため、我々が外部から経営者候補を連れてきてチームをつくり、リスクマネーを供給するという流れにすれば解決する。

 日本には未来を語る人は多くいる。こうした人たちが未来を予測し、政治家も確かにそこに未来があるという。だが、その領域でベンチャーが生まれる仕組みはない。海外の事例などを引っ張ってきて未来学者っぽく語る人はいても、誰も日本でつくりだそうとはしていないのが現状だ。

 だからこそ、我々のような言い出しっぺがいればいい。インターネット業界はエコシステムが回り始めており、起業したい人たちが数多くいて、サポートする投資家もいる。だが、ディープテックの領域は研究者と起業家候補生のマッチングがまだ必要な段階だ。エコシステムの成熟度合いにもよるが、初期は人力でかき混ぜる人が必要だと感じている。

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