分析し、洞察し、想像する力

 近年は、モノやサービスの動向、それらに対するユーザーの反応や行動など、あらゆるものがデータで「見える化」されるようになりました。

 こうしたデータの分析は、データサイエンティストやエンジニアなど、いわゆる理系の仕事のように思われがちですが、それは大きな間違いです。

 データの分析とは、データを見たときにお客様や従業員がどう動いているか、関わる人の行動イメージや心理面にまで想像力を膨らませることです。

 そこで仮説を立てて、背景にある課題やお客様の本質的なニーズを読み取っていく。この想像力と洞察力が備わってこそ、初めてデータが意味を持つのです。もちろん、そのためにはビジネスに対する高い解像度が必要であることは言うまでもありません、

 そして、最終的に問われるのが、分析の結果を基にチームを動かしていくリーダーシップとマネジメント能力です。難しい条件かもしれませんが、これらの能力を兼ね備えた人材がいる企業では、順調にDXが進んで事業も伸びていくのだろうと思います。

 「そんな完璧な人材はいない」と言う人もいるかもしれませんね。では、会社はどうすればこのような人材を育成できるのでしょうか?

 私の考えは、「不確実性の高い小さなビジネスに見込みのある人材を投入して、失敗をたくさんさせること」です。確実性の高い大きなビジネスを任せるより、規模は小さいけれど不確実なビジネスを回していく方が圧倒的に難しく、学びも大きい。

 ただし、失敗をしたときは人事で評価するのではなく、「何が課題だったのか」「次はどうすれば同じ失敗を繰り返さないか」という問いを投げかける。そうやって“失敗の経験をデザインする” ことが人材を育てるコツだと思います。

 もしうまく一発当たればリターンは大きいかもしれませんし、もし失敗しても小規模ビジネスであれば会社にそこまで大きな影響は及ぼさないでしょう。しかし、不確実性の高い環境で失敗したり成果を出したりしてきた人材はあらゆることを吸収して成長しますし、新たなチャレンジを恐れません。

 ラクスルにおいても、不確実性の高い取り組みは一番優秀なメンバーが担っています。こうした環境でどんどん挑戦させることが、結果として社内の人材をさらに高めていくと思うのです。

 それでは、こういう優れた人材を確保するために、企業はどのような努力をしていくべきでしょうか?

 当たり前のことですが、まずは採用活動を強化すること。そしてもう1つは入社した社員に長く働いてもらうこと、この2つに尽きると思います。

 もちろん、ラクスルでも採用に非常に力を入れていますが、採用は人事業務ではありません。採用責任は、あくまで各事業部のマネジャーに属しているのです。採用できたかどうかが評価軸に入っているため、採用活動は「業務」とみなされ、採用しないと昇格することはできません。

 現在、ラクスルでは新規事業「ジョーシス」を立ち上げたばかりですが、私自身も1次面接から積極的に参加しています。

 当社の採用プロセスでは、同じチームで働く人、他部署の人などで複数回の面接を行います。それらを経て一緒に働きたいと思った人材に課しているのが「ワークサンプルテスト」と呼ばれるものです。テストの内容や提出までの期間は事業部によって異なりますが、だいたい1週間前後で、すべての職種でワークサンプルテストを実施しています

 例えば、「ジョーシス」事業の就職希望者に向けて行ったワークサンプルテストは、このような内容です。

ラクスルが新事業「ジョーシス」で実施したワークサンプルテストの例
ラクスルが新事業「ジョーシス」で実施したワークサンプルテストの例
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 これは私が作成したものですが、正直に言ってかなり重たい内容です。ワークサンプルテストを見て「やっぱりやらない」と面接を辞退される方もいます。テストの完成度も人によってかなり差があり、この時は60人を面接し、ワークサンプルテスト提出者が20数人、最終的には3人を採用しました。

 働き方や会社のカルチャーがお互いにフィットするかを面接で確認して、能力がフィットするかをワークサンプルテストで確認する。かなりの時間とコストがかかるプロセスですが、それに値するほど一人の社員が生み出せる価値は大きいですし、会社としてプライオリティーの高いものなのです。

 また、採用活動と並行して力を入れているのが、社員定着への取り組みです。スタートアップというと社員の入れ替わりが激しいイメージがあるかもしれませんが、ラクスルはむしろ社員が長く働ける仕組みづくりを大切にしています。というのも、当社のビジネスは産業DXのため、1年や2年といった短期スパンでできるものではなく、20年、30年という時間軸で事業を捉えているからです。

 そうやって長期的に価値をつくっていくためには、社員にも長く働いてもらいたい。そのためにも、社員に企業が掲げるビジョンや大事にするカルチャーに対して共感してもらうことはもちろん、企業側も社員が決裁権のあるチームで課題に取り組める体制をつくり、成果を出したときにしっかりと報われる仕組みづくりに取り組んでいくことが必要です。

 ビジョンへの共感、権限の委譲、インセンティブ。社員が長く働く環境づくりで大切なのは、この3つが企業においてしっかりと成立していることなのではないでしょうか。

この記事はシリーズ「松本恭攝の「産業DXの要諦」」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。