ほかにも創業から間もなく入社して、ずっと役員でやっていくつもりだったところに突然新しい上司が入社したことが不服で辞めていく仲間もいました。これも新たにマネジメント体制を構築するために必要だったことですが、経営スタイルや人事環境の変化がストレスとなり離職するケースも多かったのです。

 今その当時を振り返ってみても、自分の意思決定が間違っていたとは思いません。ただ、自分の考えを相手に丁寧に伝えたり、辞めようと考えている社員には新しいミッションについて説明したりと、今ならもっと上手にコミュニケーションを取れたかもしれません。

 このように会社の急成長の裏で社員の退職が相次ぎ、私は精神的に非常にしんどい時期を過ごしていました。当時は社員に「ちょっとお話があるんですけど」と声をかけられただけで、血圧が急上昇して喉がカラカラに渇いていくのがわかりました。毎回そのほとんどが退職の話でしたから。

あえて社員と距離を取る

 14年の4月、5月ごろでしょうか。当時役員だったメンバーや、ラクスル創業から2人目の社員が退職することになり、ついに「このままじゃいけない、変えていこう」と決意します。マネジメントがしっかりできる人材の採用と、組織体制の再構築は喫緊の課題でした。そして何よりも、自分のマネジメントスタイルを刷新する必要性を感じたのです。

 そのためハードシングスの脱却は「組織」と「自分」の2つのアプローチで変革を行いました。組織の施策としては、個人経営からチーム経営へのシフト。マネジメントができる仲間を採用して経営陣としてチームをつくり、これまで自分が抱えていたものを手放して権限を委譲したのです。

 ノバセルをつくった田部(正樹)やCFO(最高財務責任者)の永見(世央)など、現在のボードメンバーはこのタイミングでラクスルに参画してくれました。また社員も離職を経て大半が入れ替わっていたことから、私はここがラクスル第2の創業期である、という感覚があります。

 自分のマネジメント面では、あえて社員と距離を取るようにしました。

 以前の私は、気軽に社員に話しかけてくれる社長がいいと思っていたので、社内で担当者を見かけると「元気?」と声をかけ、「この間のマーケティングの施策どうだった? 数字の動きは?」「そのお客様は今どうしている?」などと聞くのが常でした。

 しかし私は気になったことを質問しただけのつもりでも、相手は社長から突然話しかけられ、問い詰められて指示されているような感覚になっている。結果的に私がマイクロマネジメントの状態を招いていたのですね。そのことに気付き、社長室をつくって、普段はそこに閉じこもることであえて社員と距離を取りました。

 その代わりに会議体を整備し、その中でのみ話をすることにしました。「どの会議体に」「誰が出て」「何を決めるのか」を明確にして、会議体中心で会社を回すのです。これが結果的に非常に奏功したと思います。

 “社長が気軽に話ができるフラットな会社”というのはいいイメージを持たれがちですが、普段の会話の中で事業の方向性が決まっていくのは、むしろ密室会議に近いのです。しっかりと会議で話し合い、決まったことは全て議事録に書かれていて、それをみんなが閲覧して理解できる方が、よほどオープンではないでしょうか。

 こうして体制を変えて以降は徐々に離職率も下がり続けました。その後、新規事業が増えるなど経営者として大変な状態は相変わらず続いているものの、当時よりは心も安定しているなと感じます。

 次回はもう1つのハードシングスについてお話しするとともに、困難な状況にいかに対峙して解を見つけていくのか、自分なりのやり方をご紹介したいと思います。

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