2030年までに製品の「社会課題解決への貢献量」を倍増させる目標を掲げている積水化学工業。「覚悟を持った挑戦を」「健全な危機感を」といったパワーワードで、イノベーションを進めている。縦割りの事業体質や、失敗を恐れるマインドを、どのように変革してきたのか。加藤敬太代表取締役社長に話を聞いた。(構成:佐藤友美)。

<span class="fontBold">加藤 敬太(かとう・けいた)</span><br>積水化学工業代表取締役社長。1958年、大阪府出身。京都大学工学部卒業後、80年積水化学工業に入社。 高機能プラスチックスカンパニープレジデントなどを経て2019年代表取締役専務執行役員ESG経営推進部担当兼経営戦略、20年3月から現職。(写真=的野 弘路)
加藤 敬太(かとう・けいた)
積水化学工業代表取締役社長。1958年、大阪府出身。京都大学工学部卒業後、80年積水化学工業に入社。 高機能プラスチックスカンパニープレジデントなどを経て2019年代表取締役専務執行役員ESG経営推進部担当兼経営戦略、20年3月から現職。(写真=的野 弘路)

ボールペンの軸から住宅まで、積水化学は世の中の変化に合わせて新しいプロダクトを作り続けてきた会社です。このコロナ禍、改めて変化する社会の課題に応える商品開発が求められていますよね。どのような取り組みを?

 まさに、「社会課題の解決」は一昨年につくった長期ビジョンで主軸に置いたテーマです。社会課題への貢献量を最も重要なKPI(重要業績評価指標)として定め、2030年までにこの貢献量を、現在の2倍にしたいと考えています。そのためにも、「サステナビリティ貢献製品」を定義して、将来的には売り上げの80~100%に持っていきたい。

 この「サステナビリティ貢献製品」は、独りよがりの判断ではなく、外部の有識者に「この製品が本当に社会課題解決に貢献しているかどうか」を判定していただくようにしています。貢献性が高い製品の売り上げを増やすことが、積水化学グループの成長に直結するんだと社内にもプロモーションしているところです。

そのような新規事業を進めやすい環境は、どのように作るのでしょうか。

 我々は会社の興りからして「7人の侍」と言われた先人たちが総合化学品メーカーの日窒コンツェルンから飛び出して出来ました。これからはプラスチックの時代だ、とプラスチック事業をどんどん大きくしてきたのです。

 よく、大企業病などといわれますが、こうした成り立ちを持つ積水化学であっても、やはり受け身で指示待ちの人が多いのは事実です。特に、我々のグループは製品分類、用途、分野が非常に多岐にわたっていますから、ともすると縦割り事業になりやすい。でも、そういった縦割り意識で新しい付加価値を創出するのは、どんどん難しくなっています。

 以前、ある事業部の製品を調べたところ、10年前に売っていた製品が今は半分もないということが分かりました。今のまま漫然と事業を続けるだけでは、生き残れない。“健全な危機感”を持って変わり続けないと、業容拡大どころか死んでしまうということを、社内でも共有してきました。そして、覚悟を持って挑戦するために、制度改革や風土改革を促してきたところです。

 具体的には、ここ5年くらい、事業部の垣根を越えた融合で新しい製品や事業を生み出そうと努力してきました。今ではだいぶ事業部間の垣根や縄張り意識が低くなったと感じます。前期の中期経営計画の3年間は、そういった事業部の垣根を越えた新規製品が約400億円、創出されました。この中期では500億円を目指しています。

事業部の垣根を越えるために、どのような工夫をしているのでしょうか?

 たとえば、高機能プラスチックスカンパニーには、エレクトロニクス関連の事業部が複数あります。それまでは各事業部が自分たちの独自の製品を持ってお客様に持ち込んでは、自分たちの事業部に関わるニーズだけしか捉えられていない状況が続いていました。

 そこで、数年前にエレクトロニクス戦略室を作り、営業情報の一元化を図りました。お客様のニーズを一つの窓口で把握する。そして戦略室が持ち帰ってきたお客様のニーズに対し、どこの事業部が何をどう開発すればよいのかといった順番で考えるようになって、だいぶ内部事業の掛け合わせがよくなったんです。

 また、社内外の融合やイノベーションを強力に推進するためのチームを今年立ち上げました。今後はカンパニー内での連携だけでなく、各カンパニーやコーポレートの新規事業部門が横断的に融合し、全社の強みを生かし合う活動を活発化させたいと考えています。

内部の掛け合わせがうまくいくと、次のフェーズは外部との掛け合わせになっていきますよね。しかし、大企業では「外部にやらせるくらいなら、自分たちでやろう」と、なかなか外部連携が進まないとも聞きます。

 我々は化学メーカーといっても、原料を持っていないんです。以前は原料を持たないことは弱みでしたが、今は原料を持っていないからこそ「お客様のベストソリューションのためには、どこから原料を持ってきてどう加工する?」という話ができる。これが今後は強みに転じると考えています。

 また、以前から原料メーカーとのコラボレーションは必須だったので、外部との協業に対するアレルギーは少ないんですね。

<span class="fontBold">伊佐山 元(いさやま・げん)</span><br>WiL代表。パートナー企業(出資企業)に眠る社内IP(知的財産)を活用した新規事業創出や企業内起業家の育成にも力を入れている
伊佐山 元(いさやま・げん)
WiL代表。パートナー企業(出資企業)に眠る社内IP(知的財産)を活用した新規事業創出や企業内起業家の育成にも力を入れている

ベンチャーとのオープンイノベーションを成功させる秘訣はどこにあると考えていらっしゃいますか?

 オープンイノベーションの成功要因の一つに、掛け合わせる技術のマッチングがあります。たとえばエレクトロニクスやモビリティーの分野にはマッチングのプロが育ってきていて、様々な企業の技術をウオッチしています。国内外のベンチャーファンドに出資し、人材も送っています。ベンチャー立ち上げからIPO(新規株式公開)までのプロセスを、別の外部企業を通じて学んでもらっています。

 エレクトロニクス分野では、米サンノゼに営業のトップと技術者のエースを送りました。一番突破力のある営業マンと、そのニーズを技術に翻訳してソリューションとして提案できる技術者の組み合わせで、マーケティングしているのです。数年かかりましたが、そこで新しいニーズから開発テーマを発掘できています。ニーズを見つけ、技術に翻訳する。おのおののプロの役割分担、組み合わせにより、強みをさらに発揮できると思います。

いま、サンノゼの話が出ましたが、シリコンバレーでは、製造業の業界にITベンチャーが続々と参入しています。自動車産業における米テスラが最たるものですが、今後、御社のポートフォリオに、どのようにソフトウエアの力を取り込もうとされているのでしょうか。

 今後、我々のような製造業もソフトウエアの力を活用し、進化しなければと感じています。そのためには、ありたい姿を描いた上で、現状とのギャップを埋める方法を考えないといけない。その際、最短距離で最も大きな効果を出せる方法が外にあるならば、内製にはこだわりません。

 ソフトウエアの力を活用するとなると、むしろ外から学ぶことが多いですね。例えば、この数年、外部のコンソーシアムでも学びながら、マテリアルズインフォマティクス(統計分析などを活用した情報学の手法によって大量のデータから新素材を探索する取り組み)に力を入れています。化学実験をトライアンドエラーに頼るのではなく、情報科学技術を活用し、物質選定や製造条件検討などを圧倒的に効率化できます。また、単純にモノを作って売るだけではなく、顧客体験価値をソフトウエアの力で実現するような、コト売りの発想も必要になってくると思います。

新規事業や新製品開発には失敗がつきものだと思います。とくに日本の減点主義の世界では、失敗を恐れる人も多いでしょう。そこはどのように乗り越えているのですか?

 積水化学工業の社長になる以前の、高機能プラスチックスカンパニーのプレジデントの時代から「覚悟を持って挑戦しよう」というスローガンを掲げてきました。しかし、挑戦すると失敗も出てくる。だから「挑戦の結果としての失敗は責めない」と伝え続けてきましたし、そこは人事制度にも反映しています。

 たとえば、管理職の昇進試験の場合、直近1~2年の業績だけで評価するのではなく、「業績を上げるために、通常のやり方のどこを変えたのか?」を問い、変革する人を評価してきました。

 もちろん今でも、部署の中で挑戦がつぶされるケースもゼロではありません。ですから「これからは、変革できない人はリーダーになれない」というメッセージを発信し続け、一方で人事制度も合わせて設計する。その両輪で意識改革している最中です。

 一方で、失敗を許容するだけではなく、打率を上げる工夫も必要です。今でも語り草になっているのは、自分が高機能プラスチックスカンパニーの開発研究所長だったときに行った「仕分け」です。

 当時、開発研究所の新製品の創出額が5~6年連続で前年割れしたんです。このとき、「何が悪い? 変えるなら何を変えればいい?」ということを、ずいぶん議論しました。そこで、開発テーマの市場適応性、すなわちニーズと我々のシーズのマッチングを見直すことにしたのです。

 具体的には、営業やマーケティングに対し、開発を始めたときと現時点での競合の状況、お客様のニーズの変化、技術の進歩をプレゼンしてもらい、ニーズとシーズのマッチング度合いが低い、あるいは低くなってしまったと判断したテーマは全てやめました。要は、「その開発を積水化学がやる意味があるのか」「我々が勝てる要素はどこにあるのか」を判断して、仕分けしたんです。このときの合言葉は「Why積水化学?」でした。

 このときも、「やめる」判断をするために客観的な事実や情報を上げてきた場合は、評価するようにしました。誰だって自分が研究してきたテーマは手放したくありません。でも、質の良いテーマに選択と集中をするためには、「このテーマには芽がない」と判断することも重要です。不安要素があるのに目をつぶって進めるよりも、世の中の変化やニーズ、我々のシーズの進歩によりテーマから乖離(かいり)したときには見直せる風土づくりが大事だと考えました。

 当時、動いていた開発テーマの3分の1を中止しました。ストップしたテーマを担当していた人は別のテーマに振り分けられて気の毒だったかもしれません。しかし、残ったテーマは積水化学の技術をもってすれば勝てるというものばかりだったので、結果的にはメンバーのモチベーションも上がるようになりました。開発なので芽が出るのに当然2~3年はかかります。だからこそ、「2年後には必ずV字回復する」と伝え続けましたが、実際に、その2年後から新製品の売上高はずっと右肩上がりで、開発にドライブがかかっていると思っています。

 挑戦できるリーダーを育てるには、「自分でやり切った」と思えるくらい、失敗直前まで挑戦してもらうのも大事ですね。最後の最後、本当に危なければ少しアドバイスをするくらいでないと、なかなか大きくは育たない。そのような経験をした人たちは、時代の変化に対応できているし、活躍もしています。そういったリーダーたちには、今後も守りに入らず、若い世代に挑戦を促して、成長させていってほしいと考えています。

今後注目している領域について教えていただけますか?

 ライフサイエンスの領域です。今、住宅、環境・ライフライン、高機能プラスチックスの3つのカンパニーがあるのですが、4番目のカンパニー候補はライフサイエンスだと考えています。

 細胞培養の領域で、我々が持っているプラスチック技術を用いて新しいイノベーションが起こせるのではないかと考えています。中核の積水メディカル(東京・中央)の事業以外にも社内の部署で開発した抗ウイルス剤など、育ってきているものが出ているので、ライフサイエンスという大きな塊に融合させていければと考えています。

 もう一つは、カンパニーの候補になるくらいの規模感かどうかは現時点で分からないのですが、ゴミからエタノールを作り出す技術分野は、今後のサーキュラーエコノミー(循環経済)への貢献を考えると、なんとしても成功させたいと考えています。

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