マジョリティーは得てして楽をしようとする

 そもそも、新領域へのチャレンジや少数派の意見を大事にすることは、今に始まったことではなく、ANAグループのDNAでもあるのです。

 例えば、国内線のシェアの50%をANAグループが占めていた1986年に、ANAはあえて国際線定期便の運航に進出しました。もちろん、社内には多くの反対意見がありました。国内に安定事業があるのに、なぜリスクを冒して国際線に出るのだ、と。

 マジョリティーが「今が安泰だから、これでいいや」と思っているときに、「大変だけれど、今のうちに国際線に出よう」と言い出すマイノリティーがいたわけです。そして、こうした少数意見を大事にする文化がANAグループにはありました。

 今でこそ、ダイバーシティという言葉があって多様性が重視されますが、結局、数の上ではマジョリティーが勝ってしまう。だけど、マジョリティーの判断が常に正しいとは限らない。マジョリティーは得てして楽をしようとするからです。

 そんな中で、少数派が「でも、将来のことを考えて今からスタートすべきだ」と声を上げる。これが大事だと思っています。実際のところ、国際線に打って出ようと提案したのは国際部と経営管理室の20人くらいの少人数だったと聞いています。そして1986年の国際線定期便の開設以来、2003年度まで国際線は赤字が続くわけですが、歴代の社長で国際線から撤退しようと言った人は一人もいなかった。その判断が、今のANAグループを支えています。

 もともと安心・安全な運航を堅持するのが大命題である業界で、また1997年度から2002年年度までは株主配当が無配と厳しい経営状況が続いていた時期が長かったため、保守的な会社だと思っている人も多いかもしれません。

 しかし、日本初の格安航空会社(LCC)を立ち上げたのも我々ですし、「ボーイング787 ドリームライナー」を世界で最初に購入したのも我々です。搭乗期間・発売期間限定のバーゲン型運賃「超割」の導入や羽田空港の国際化など、常に「1番目に挑戦するのが好き」な企業体質なんです。このコロナ禍でも、常に新しいことにチャレンジする姿勢は、次の世代に伝えていくべきDNAだと思っています。

<span class="fontBold">伊佐山 元(いさやま・げん)</span><br>WiL代表。パートナー企業(出資企業)に眠る社内IP(知的財産)を活用した新規事業創出や企業内起業家の育成にも力を入れている
伊佐山 元(いさやま・げん)
WiL代表。パートナー企業(出資企業)に眠る社内IP(知的財産)を活用した新規事業創出や企業内起業家の育成にも力を入れている

ANAグループは、新規事業を進めるかどうかの判断をどこでしているのでしょうか。

 そもそも、新規事業で成功したものは数少ないんです。例えば、ANAホールディングスは米パンナムというパイロット訓練会社を約130億円で買収しましたが、結局失敗でした。あるいは、ミャンマーで航空会社を立ち上げる事業も、結局立ち上がらなかった。LCCに関していえば、ピーチ・アビエーションはうまくいったものの、バニラ・エアでは苦労しました。ですから、新規事業について偉そうにポリシーを語れる立場ではないんです。

 ただ、それでもこれは大事だと思うのは、「誰か1人、この事業をやり遂げるという責任者を決める」ことです。人事異動で3~4年で入れ替わるのではなく、形になるまでやり続ける。こういう人事制度は必要だと実感しています。

それは、新規事業のために人事制度を改革したということでしょうか。

 どちらかというと、イノベーティブな世界に踏み込んでいくと、会社の人事制度も自然と変わっていくという感じでしょうか。

 2016年、ANAグループの中にイノベーションを推進する「デジタル・デザイン・ラボ」という組織が立ち上がりました。江戸時代の長崎の出島のような、ある種の治外法権的な部署です。最初は3人で、今は20人くらいになっています。ここには、グループ全体から公募で採用された人材も集まっています。この公募というシステムも、自然と立ち上がっていきました。

 このデジタル・デザイン・ラボのメンバーの中には、アバター事業を進めるうちに、会社を卒業して新会社を立ち上げた人もいます。これがANAホールディングス初のスタートアップ企業となり、グループとしてこの新会社に出資も行っています。伊佐山さんと一緒にコンテストをして、ポーラ・オルビスグループさんと宇宙でも使える化粧品の共同開発事業も立ち上がりましたよね。様々な取り組みが進んでいくにつれ、人材異動や登用の方法も変わりつつあります。

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