大きな反響があった伊藤忠商事による社内出生率の公表。日本の雇用制度に詳しい樋口美雄労働政策研究・研修機構理事長は「伊藤忠ショック」とも呼べる今回の問題提起に大きな意義があると指摘する。少子化対策を国任せにするのではなく、企業に働き方の見直しなどで踏み込んだ対応を期待する。
■連載ラインアップ
・少子化は企業が止める 出生数が激減、国任せではいられない
・伊藤忠、働き方改革で出生率2倍 生産性向上と子育ての意外な関係
・「伊藤忠ショック」に意義 少子化を止めるカギは企業にある(今回)
・キリンは模擬体験、大成建設は夫にも研修… 育児支援に当事者目線
・第5子出産に祝い金500万円 産み育てやすい職場が人材呼び込む
・出生率上げたフランス、スウェーデンに学ぶ 日本はまだやれる
・パパ育休は男女役割意識を破るか 「日本は子育てしやすい」4割のみ
・出生率2.95が示す「奇跡の町」の教え 「社会の宝」はこう増やす

先進国にとって少子化問題は共通の課題です。経済が発展すると、なぜ人は子どもを産まなくなるのでしょうか。
樋口美雄労働政策研究・研修機構理事長(以下、樋口氏):経済学では、人間が子どもを産むか産まないかの選択は、コストとベネフィットの比較、いわゆる損得勘定で決まると考えられてきました。例えば一昔前であれば、子どもを持つこと自体が、労働力の確保につながっていました。家業を継ぐ、あるいは家業を一緒にやってくれるということで、子どもを産むメリットは大きかった。だが時代とともに会社勤めが主流になると、労働力としてのメリットは薄れていきます。
老後の面倒を子どもが見てくれるという発想も、子どもを持つプラス面として強調されています。だが今はむしろ子どもの方が自分の生活で精いっぱい。親の世話をしてくれるとは限らなくなりました。子どもからの仕送りよりも、国の社会保障制度や自分の貯蓄に頼る人の方が多い状態です。
つまり、親にとって子どもをたくさん持つことは一種の人的投資だったわけですが、社会が発展し、経済的にも豊かになると、投資する必要性がなくなり、子どもを持つメリットは薄れていくと言えます。
ですが、社会全体で見た場合、子どもの数が減れば減るほど、当然ながら将来の労働力や税・社会保障の担い手、消費者がいなくなるわけですから、何よりも社会システムの維持そのものが危うくなります。子どもは多い方がよいという社会にとってのメリットが、個々人のメリットに必ずしも結び付かなくなる点が、少子化問題の解消を難しくしていると言えます。
女性の社会進出は少子化の原因にあらず
働く女性が増えたことが、出生率低下の原因と指摘する人もいます。
樋口氏:働くことと、子どもを持つということは果たしてトレードオフの関係なのでしょうか。だとすれば、女性が働きたいという希望と子どもを持ちたいという希望は二律背反の関係で、どちらか一方を諦めなければならなくなります。
確かに、1980年ごろの経済協力開発機構(OECD)のデータを見ても、女性の労働参加率と出生率に正の相関はありませんでした。ですが2000年以降は、女性の就業率が高くかつ高出生率を達成している国がたくさんあります。
男性が以前と同じように家庭のことはすべて妻に任せ、女性は家事・育児に加え仕事もしなければならないというのであれば、それを嫌って子どもは産まないということもあり得る。だが、もはや多くの国で、仕事と同時に家事も合理化し時間を節約し、さらには夫も妻も仕事と家庭を両立させ、子どもを交えて楽しい生活を送るといった時代になったのではないでしょうか。
世の中には、統計によって十分確かめられないまま、あたかも真実であるかのように信じられていることがたくさんあります。女性が働きに出ると出生率が下がるという見方は変わりつつあります。もはや「神話」と言っても過言ではありません。
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