IT(情報技術)企業のシステムエンジニアとして働く夫は仕事時間が不規則で、家事・育児への協力は得られない。明子さんは1人で保育園送迎や食事の用意といった「ワンオペ育児」に追われる毎日だった。

 コロナ禍になると保育園休園への対応などを迫られ、派遣先との契約を打ち切らざるを得なくなった。子どもの面倒を見ながら在宅勤務できる派遣先を探す生活に嫌気が差した。「子育てがこんなにつらいとは」

1985年、東京都内の病院の一室に並ぶ新生児。この年、日本では143万人の赤ちゃんが生まれた(写真:Haruyoshi Yamaguchi/アフロ)
1985年、東京都内の病院の一室に並ぶ新生児。この年、日本では143万人の赤ちゃんが生まれた(写真:Haruyoshi Yamaguchi/アフロ)

「ワンオペ育児」「子育て罰」が不安を増幅

 政府は15年、若い世代の結婚や出産の希望がかなった場合の出生率を「希望出生率」と定義し、1.8と想定した。1990年代以降、1.5を下回り続ける出生率を、まずは「産みたくても産めない人」が抱える課題を解消して、1.8まで高めようとしたのだ。

 子どもを産んでも仕事を続けられるよう、育児休業の拡充や保育施設の整備、経済不安の解消につながる幼児教育の無償化、不妊治療費用の助成と、さまざまな政策が打ち出されたのは記憶に新しい。

 しかし、出生率は1.8に近づくどころか低下する一方だ。村上さんのような仕事と出産・育児を一手に抱え込む女性が増え、「ワンオペ育児」「子育て罰」など、出産・育児にマイナスの印象を与える言葉が世の中にはあふれる。

 何を変えなければならないのか。無論、子どもを産むか産まないかは、個々人の選択に委ねられるべきだ。だがこの国の屋台骨を揺るがす少子化への危機感は「自分ごと」として社会全体で共有しなければならない。そのためには国や自治体だけでなく、企業が率先して動く必要がある。

 岸田文雄政権が設けた社会保障のあり方を見直す有識者会議「全世代型社会保障構築会議」が5月にまとめた中間整理では「男女が希望どおり働ける社会づくり・子育て支援」こそが、少子化問題を考える上で重要な論点の1つと位置付けている。「『仕事か子育てか』の二者択一を迫られる状況が多く、早急に是正されるべきだ」とも指摘している。

 この指摘は意外に思うかもしれない。なぜならこの10年、多くの企業では「働き方改革」を通じて、長時間労働の是正や、育児や介護中の社員でも無理なく働ける制度を導入してきたからだ。それでも「二者択一」にならざるを得ないのはなぜか。1日の多くを過ごす職場の中に、子育てを負担・不安に感じる要因が今なお存在するということである。

 日本企業はいい意味でも悪い意味でも、働き手の価値観やライフスタイルに強い影響を与えてきた。ここで改めて子育てしながら働く社員が抱える問題が何なのか、捉え直してみてはどうか。それが少子化問題に関し企業ができる貢献であり、冒頭の悲観シナリオを回避するきっかけにつながるかもしれない。

 連載の2回目では、働き方改革が結果的に社内出生率の急上昇につながった伊藤忠商事の取り組みを紹介する。

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