「日本はいずれ存在しなくなる」──。少子化が深刻化するこの国への悲観と失望が広がる。仕事との両立に悩み、産むことをためらう人はなお少なくない。新型コロナウイルス禍でこうした傾向に一段と拍車がかかった。このまま国が縮めば、経済活動の足場は根底から揺らぐ。いかに若い世代の不安に応え、子育てへの希望を取り戻すか。国任せではいられない。人口減少の阻止へ企業が動く。

■連載ラインアップ
・少子化は企業が止める 出生数が激減、国任せではいられない(今回)
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日本では少子化に歯止めがかからない。若い世代が産み育てることへの希望を持てるようにすることが急務だ(写真:shutterstock)
日本では少子化に歯止めがかからない。若い世代が産み育てることへの希望を持てるようにすることが急務だ(写真:shutterstock)

 5年に1度、日本で暮らす全員に実施される国勢調査。その始まりは大正時代の1920年まで遡る。当時の政府は人口という言葉を「国勢」と記した。人口は国の勢いを示すもの、すなわち国力であるという考えがこの言葉には込められていた。

 それから100年の時がたち、日本の人口は「国勢」と呼ぶにはほど遠い状態だ。「出生率が死亡率を上回るような変化がない限り、日本はいずれ存在しなくなる」。5月、米テスラのイーロン・マスクCEO(最高経営責任者)がツイッターでこうつぶやくなど、日本の人口減少は海外から見ても深刻な事態となっている。

「日本は存在しなくなる」とツイートした米テスラのイーロン・マスクCEO。少子化が止まらない日本に対する悲観論の一端が表れている(写真:AP/アフロ)
「日本は存在しなくなる」とツイートした米テスラのイーロン・マスクCEO。少子化が止まらない日本に対する悲観論の一端が表れている(写真:AP/アフロ)

コロナで少子化に拍車、悲観シナリオに迫る

 政府は9月、2021年の出生数が81万1622人だったと発表した。前年から3万人近く減り、過去最少となった。1人の女性が生涯に産む子どもの数を示す合計特殊出生率も1.30と前年から0.03ポイント下がり、過去4番目の低さとなった。

 この出生数を、国立社会保障・人口問題研究所がまとめた日本人の人口推計(最新は17年版)と照らし合わせると、少子化のスピードが想定以上だと分かる。人口推計の標準シナリオとされる中位推計では、21年の出生率は1.42で出生数は86万9000人とされていた。出生数が81万人まで減少するのは27年のはずだった。だがその時は6年も早くやってきた。

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 足元の81万人という出生数は悲観シナリオとされる低位推計に近づきつつあり、22年の「出生数80万人割れ」も現実味を帯びる。理由ははっきりしている。新型コロナウイルス禍による先行き不安で妊娠・出産の先送りが起きたからだ。

 出産可能な15~49歳の女性の数は1990年以降減少しており、現在約2400万人。減少傾向である上に晩産化も進んでいる。そんな彼女らが妊娠を延期すれば「加齢に伴う妊娠確率の低下や、年齢を理由に第2子の出産を諦める動きが起こりやすくなる」と、歴史人口学が専門の鬼頭宏・上智大学名誉教授は懸念する。

結婚離れも加速

 「結婚離れ」も加速。かねて価値観の多様化や上がらない給料を背景に結婚しない人は増えていたが、コロナ禍で拍車がかかった。50歳時点で結婚していない人の割合は男性で28.25%、女性で17.81%に達する。

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 海外でもコロナで一時産み控えが起きた。だが北欧諸国や英国、フランスでは、21年には出生率が回復に転じた。こうした国々では、ロックダウン(都市封鎖)で家事・育児をしながら在宅勤務をしなければならない状況でも、男女が共に働き、一定の世帯収入が得られていた。

 日本はどうか。東京都に住む派遣社員、村上明子さん(仮名、41)は、35歳で第1子を出産。もう1人産みたかったが、断念した。

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