終身雇用と年功型の賃金と引き換えに、自身のキャリアを会社に白紙委任するーー。辞令1枚で社員を各地に異動させる転勤は、そんな日本型雇用の究極の姿だったが、大きな転換点を迎えている。
日経ビジネスでは「転勤制度」をめぐり、各社の取り組みを取材する共に、上場企業72社の人事部やビジネスパーソン1033人にアンケートを実施した。見えてきたのは働き手の多様化で日本型雇用が限界を迎える中で、転勤も縮小・廃止へと向かおうとしている実態だ。
連載5回目は、勤務地に縛られない、新たな働き方を求める事例にフォーカス。働く場所を決めるのは会社ではなく個人。働く場所を自分で決めることで単身赴任から脱却した例、家族の介護と仕事を両立できるようになった例を追いながら、従来の転勤ありきの人事制度を企業がどのように再設計しているのかを見ていく。
■掲載予定 ※内容は予告なく変更する場合があります
(1)1000人調査 社員は「転勤命令」をどう受け止める 懸念は家族
(2)70社の人事に聞く「わが社が転勤制度を見直す理由」
(3)世界32万人のグループ社員の転勤をなくしたい 巨大艦隊NTTの挑戦
(4)転勤が宿命の製造業、クボタが紙の辞令を廃止した理由
(5)働く場所は私が決める 富士通、明治安田が選んだ卒転勤(今回)
(6)家賃補助9割、手当240万円…「転勤当たり前」保険会社の試行錯誤
(7)養老孟司氏 「転勤拒否は自分の未来を狭める行為」
(8)大手前大・平野学長「転勤は日本のすり合わせ文化の象徴だ」
(9)「ほとんどの転勤はなくせる トップダウンが重要」大久保幸夫氏
(10)転勤は中小にも余波、「配偶者の異動で辞職」を防げ 楓工務店
(11)人事部はつらいよ…「よかれと思う転勤が通用しない」
(12)転勤族もつらいよ…経験者たちの哀歓「転勤伝説」
(13)転勤免除期間、ジョブ型、キャリア自律…望まない転勤なくす処方箋
「子どもの誕生日を当日に祝うことができるなんて。妻とは単身赴任を前提にして結婚したので諦めていたが、本当にガラッと変わりました」──。水処理大手メタウォーターの長谷川行教さん(46歳)は感慨深そうに話す。
大阪府箕面市に自宅のある長谷川さんは、2021年4月からは東京・千代田区にある本社のエンジニアリング企画部・技術管理グループでマネジャーとして働いている。在宅のリモートワークと組み合わせつつ、週に2日程度、大阪から東京へ出張している。片道4時間強の“新幹線通勤”では移動時間にも仕事を続け、有効に時間を活用できるようになった。

名古屋出身の長谷川さんがメタウォーターの前身となる地元の日本ガイシに入社したのは01年のこと。入社2年目に転勤先の大阪で結婚し、小学校教員として働く妻を尊重して、住まいを当地に構えた。本社のある名古屋に帰任する未来は見えている。それでも、長谷川さんが単身赴任することを織り込んで大阪での結婚生活を選択した。
長女と長男の2人の子どもに恵まれるも、11年からと19年からの都合2回、それぞれ2年間の名古屋への単身赴任を経験している。名古屋から大阪の自宅に週末ごとに帰る生活で、帰省手当の支給は月に1.1回分、残りは自腹だった。金銭的な負担もそうだが、家族と一緒にいられないのが何よりつらかった。
そんな単身赴任を前提としていた長谷川さんの生活を一変させたのは、メタウォーターが進める働き方改革だ。5年前から順次、リモートワーク化のベースとなるデジタル環境を整えながら、場所にとらわれない働き方を推奨している。人事総務企画室長として改革の旗を振る、藤井泉智夫執行役員は「転勤といえば新しい土地に移って暮らすものだったが、ホームタウンを変えない人事異動へと転換していく」と宣言する。
メタウォーターは東京に拠点を置く富士電機と名古屋に本社を構える日本ガイシ、それぞれの水環境部門が対等合併して08年に誕生し、翌年には大阪の栗本鉄工所の連結子会社から資源リサイクル事業を譲り受けた過去がある。単身赴任が増えるのは必然の成り立ちともいえる。
ただ、中高年の社員の中には、単身赴任で慣れない一人暮らしをしたことで健康を害する者もいた。年齢の高い社員から段階的に取り組み、17年に300人程度いた単身赴任者は現在、100人未満にまで減った。また、どこからでも働けるという点が売りになり、新卒と中途いずれの採用でも人気を集めるようになった。
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