投資ラウンドを重ねてスケールアップしている一部の女性起業家は、ベンチャーキャピタル(VC)と緊張感のある健全な関係を築き始めた。一方、米国でVCと補完関係にあったシリコンバレーバンク(SVB)が破綻し、日本でもリスクマネー供給に悪影響が出ないか懸念が広がっている。スタートアップ投資に慎重な雰囲気になりかかっている今だからこそ、ジェンダー格差が固定されていた以前の状況に逆戻りしないよう気を付ける必要がある。
■主な連載予定(タイトルや回数は変わる可能性があります)
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「伴走型のファイナンスでぐっと成長力を引き上げてくれるVCを見つけることがとても重要だった」
女性のキャリア支援を手掛けるSHE(東京・港)の福田恵里CEO(最高経営責任者)は、直近5年で約25億円の資金を調達した経緯を振り返る。スタートアップは創業後の成長ステージとして「シード」から「アーリー」「ミドル」へと向かう。いかに自社の経営状況と将来性を伝えてVCを巻き込み、投資マネーを確保できるかが勝負の分かれ目となる。

福田CEOがバクバクする心臓の鼓動を感じたのは、2020年の夏の日。シリーズAと呼ぶ投資ラウンドに向け、VCのANRI(当時の拠点は東京・渋谷)を訪れていた。目の前には10人ほどのキャピタリスト(投資担当者)がずらり。初めの印象は親身な伴走型というより、迫撃砲を受けているようなインパクトだった。
経営哲学から現状分析まで、鋭いまなざしとともに理詰めの質問がひっきりなしに飛んできた。「売り上げが伸びて自信を持っていたけれど、その再現性やコアコンピタンス(他社が容易にまねできない競争力)を突き詰めないとダメだと痛感した。気付きが多かった」(福田CEO)
厳しくフェアなVCが重要
福田CEOは前職のリクルートから独立し、17年に26歳で創業。女性向けのリスキリング教室やオンライン講座は人気を博し、世界50カ国以上から受講してもらえるようになった。身につけたスキルでウェブデザイナーなどに転身する人も増え、確かな手応えがあった。エンジェル投資家が創業期の資金繰りを支え、18年には化粧品大手ポーラ・オルビスホールディングスを筆頭に、プレシリーズAの第三者割当増資で2億円を調達した。
ポーラにとっては、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)での投資1号案件だった。担当者がSHEのオフィスにほぼ毎日通い、法人の営業先も必死に開拓。「ハンズオンどころではない一体感だった」(福田CEO)。資金も人手も不足しがちな創業期に、大企業が差し伸べた手は大きな力添えとなった。
その後もポーラとの関係性は良好だが、会社を一段と成長させるには別の知見を持つVCのノウハウと資金力も必要と判断した。結局、4億4000万円(借入金も含む)を調達したシリーズAでリードインベスターとなったのは、最も厳しい質問を投げていたANRIだった。
さらに22年秋、2人目の子どもを妊娠しながら迎えたシリーズBでは18億円(同)を調達した。ゴールドマン・サックス証券の元日本副会長だったキャシー松井氏の率いる、MPower Partners Fund(エムパワー・パートナーズ・ファンド)などがリードを務めた。ANRIもこのラウンドに参画している。
「キラキラした女性向けスクールを展開しているようにも見られていた頃には、もやもやした思いもあった。資金調達は苦難の連続だったけれど、社会的な不均衡や格差を是正するという事業の目的を捉え直す契機になった」と福田CEOは話す。
金融庁が22年7月にまとめた起業に関する報告書によると、スタートアップによる資金調達額上位50社のうち、女性経営者によるものは2%しかない。仮に女性の方が小規模な事業を選ぶ傾向があったとしても、国内外で規模拡大を追う女性もいる。そして事業展開する分野や地域を広げたい時、女性という理由で資金獲得に難儀した複数の実例もある。この報告書は「外部資金を得てスケールする過程に大きな格差が存在する」と問題提起した。
福田CEOも「特に創業期の資金調達は『人のつて』が重要で、いきなりエンジェル投資家にピッチ(事業案のプレゼン)をしてまとまった金額を獲得できるわけではない。ただ、現状でキャピタリストは男性が多く、よくボーイズクラブとも呼ばれるように、男性起業家の方が彼らと関係を築きやすい」と語る。
この状況を少しずつでも打開しようと自ら動きだした。女性による事業の立ち上げを支援すべく、3月からSHEとポーラは「ネクスト・ファウンダーズ」という取り組みを始めた。まず30人を対象に起業の知識を教え、最終ピッチを経てからポーラのCVCによる出資検討段階へ進むことができる。
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