女性起業家が妊娠・出産すれば事業スピードが一時的に落ちてしまうとして、資金調達の壁となっている現状を放置していいのか。このモヤモヤを打ち消そうと、積極的に動く起業家やキャピタリスト(投資担当者)が増えつつある。日本のスタートアップ活性化のためにも、起業家の妊娠・出産と事業スケールの拡大をどう両立させるか、社会全体で知恵を絞る必要がある。
■主な連載予定(タイトルや回数は変わる可能性があります)
・イオン、パート7%賃上げの衝撃 人件費はコストでなく投資
・年収の壁は撤廃を 連合会長が激白「このままでは企業がもたない」
・「今年の春闘を変革点に」 UAゼンセン会長が語る賃上げと年収の壁
・日生、営業職5万人の給与財源増 「組織を維持できなくなる前に」
・企業も国も主婦優遇を過去の話に 昭和女子大・八代特命教授に聞く
・女性の推定年収ランキング、年収アップ額首位は「セールスフォース」
・NTTもグリコもあなたの会社も 育児中だって女性は昇進できる
・日立と富士通、ジョブ型が女性活躍推進 もう昇進も昇給も諦めない
・いでよ女性リーダー キャリアアップ意識を高めるのは上司の役目
・女性起業家のファイナンス「悲劇的に困難」 金融庁チームの焦燥感
・「出産は契約違反になるの?」不安を抱える女性起業家に支援の動き(今回)
・「売り場の魅力を高めるには賃上げが不可欠」ライフ岩崎社長
「人の命を育むことと事業は別次元」「心配しなくて大丈夫」――。
介護テックのスタートアップ、aba(アバ、千葉県船橋市)の宇井吉美CEO(最高経営責任者)は4年前、こうした言葉を聞いてほっとした。対面していたのはベンチャーキャピタル(VC)、リアルテックホールディングス(東京・墨田)の永田暁彦代表取締役と、投資家の孫泰蔵氏だった。両者がabaへの投資を最終決定する直前、宇井CEOは2人目の子供を身ごもった。
「投資契約書には経営者のフルコミットメント(事業に全力で集中)が記載されているので、契約違反になるかもしれないと謝りに行った」(宇井CEO)。そこで投資する側の2人は、本来なら祝うべきことを謝らせる今の社会のほうがおかしいと説いた。
むしろ出産に耐える胆力が生きる

起業家の苦難はよく「ハードシングス」と呼ばれる。宇井CEOは「突然誰かが辞めたり研究開発費が急膨張したりといった事象に比べると、妊娠後のことは見通しが立つ」と語る。そして出産の痛みに耐える胆力が経営にも生きるという。
研究開発が肝の業態なので、長い赤字期間を認めてくれる資金の出し手は欠かせなかった。ベッドに横たわる要介護者について、オムツを開かなくても排せつを検知できるシステムを一から開発してきた。
匂いを感知するセンサーを基にアルゴリズムを構築するが、匂いは音や光などと異なって国際的な指標がまだない。2011年に創業後、まず分析方法から独自研究を重ねてきた。5年目でも売り上げが立たず、「会社を畳まないと」と税理士に促されもした。それでも先ほどの資金も確保し、パラマウントベッドホールディングスとの提携で製品化にこぎつけた。23年2月にも増資を実施し、累計12億円を調達している。

一方、多言語対応の人工知能(AI)チャットボットを手掛けるビースポーク(東京・渋谷)の綱川明美社長は7年前、出資してくれるVCを探していた際に驚きの言葉を投げかけられた。「30歳前後の女性には投資したくない」──。その理由を聞くと、出産が今後ありそうな人を避けているようだった。米カリフォルニア大学ロサンゼルス校 (UCLA)を卒業して投資銀行マッコーリー・キャピタルに入り、外資系金融を渡り歩いてから起業した矢先だった。
この経験もあって、綱川社長は資金を主に金融機関からの借り入れで賄っている。同社は地方自治体からの受注が多く、観光や行政サービスについてネット上で自動応答する仕組みを手掛けている。ただ、自治体は予算執行の関係で支払いが4~5月に集中しやすい。同社はその前に運転資金が足りなくなりがちだ。だが、この売掛金の信頼性は高いので「主に政府系金融から個人保証なしで借りられている」という。
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