イオンなど流通大手が相次ぎ、女性を主力としたパートへの大幅な賃上げを打ち出している。人手不足対策に加えて、彼女らの経験や知恵で厳しい競争に打ち勝つ狙いだ。人件費はコストでなく投資――。イオンの渡邉廣之副社長は「今回の賃上げはスタートにすぎない」と話す。世界有数の男女間の賃金格差を解消できれば、日本が再成長する原動力にもなる

■主な連載予定(タイトルや回数は変わる可能性があります)
・イオン、パート7%賃上げの衝撃 人件費はコストでなく投資(今回)
・103万円の壁はいらない 連合会長「女性の収入増を後押し」
・賃上げで大量離職にストップ 日本生命社長「長く安定して活躍を」
・NTTとJTB、「リモート」で育児と両立 コロナ禍対応を奇貨に
・富士通と日立、「ジョブ型」で女性はキャリアを自ら選び取る
・スタートアップも男性優位社会 「出産の壁」を壊せ、女性起業家
・「売り場の魅力を高めるには賃上げが不可欠」ライフ岩崎社長
・「配偶者手当を廃止し、子ども手当に」昭和女子大・八代特命教授

 今年2月、イオンが約40万人に上るパートの時給を平均7%引き上げる方針を明らかにし、流通業界に激震が走った。同社として過去最大の賃上げとなり、人件費は300億円ほど増加する見通し。年間に120万円程度を稼いでいたパートの年収は128万円に増える。この賃上げの恩恵を受ける約8割が女性だ。

千葉市内にあるイオンの大型総合スーパー「イオンスタイル幕張新都心」でパートとして働く(左から)花井澄江さん、辻本有紀子さん、渡辺三佳さん、萩原勝利さん(写真:的野 弘路)
千葉市内にあるイオンの大型総合スーパー「イオンスタイル幕張新都心」でパートとして働く(左から)花井澄江さん、辻本有紀子さん、渡辺三佳さん、萩原勝利さん(写真:的野 弘路)

 千葉市内の大型総合スーパー「イオンスタイル幕張新都心」でパートとして働く花井澄江さん(51)はその一人。「最近は食品も電気代も、ガソリン代まで値上がりし生活が圧迫されていた。時給が上がるのはありがたい」と話し、胸をなで下ろす。

 イオンが示した7%という賃上げ水準は、流通や外食、繊維などの労働組合が加盟するUAゼンセンが今年の春闘で示した6%を上回る。その背景を同社の渡邉廣之副社長はこう説明する。「パートの採用環境は厳しく、優秀な人は奪い合いになっている。競争力のある賃金体系を示せなければ生き残っていけない」

「もう横並びでパート賃金は決めない」

 厚生労働省によると、新型コロナウイルス禍で低下していた全国のパート有効求人倍率は2021年5月の1.00倍を底に反転し、22年12月には1.48倍まで上昇した。人手不足を主因とした倒産が増加していた18年や19年の水準(それぞれ1.82倍と1.76倍、年平均)にじわりと近づいている。「実感としては、コロナ禍前よりも人材の確保は難しくなっている」と多くの関係者は口をそろえる。

 今年の春闘では、トヨタ自動車が賃上げと一時金についての労組の要求に満額回答するなど、賃上げのうねりが産業界全体に広がっている。だが、そうした動きに先駆けて昨年から大幅な賃上げに動いているのが、国内で大量の労働力を必要とする第3次産業だ。パートやアルバイトなど非正規雇用の比率が高く、その大半を女性が占める。人手不足が当面続きそうなことを考えると、これまで低い水準に抑え込まれていた非正規の女性の賃金が上昇に転じる転換点に差し掛かった可能性が高い。

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 賃上げの動きが拡大しているのは人手不足対策だけが理由ではない。現場で女性たちが担ってきた仕事を評価し直し、これに正しく報いることで危機を乗り越えようとする狙いも透ける。イオンの渡邉副社長は「(競合スーパーと)横並びで賃金を決める考え方からはもう離れたいと思う」とも打ち明け、「(人件費は)コストではなく投資。その水準を自主的に考えるタイミングが来ている」と話す。

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