岸田文雄政権は「成長と分配」を掲げ、企業に賃金引き上げを迫る。日本全体の賃金が底上げされなければ、経済は縮小に向かうからだ。賃上げ率が3%以上なら、税金を安くする政策も用意した。だが、春季労使交渉(春闘)が山場を迎える企業には慎重な声も多い。有力企業の交渉が他企業に波及する流れも、後退するばかりだ。特集では、漂流するニッポンの賃上げを追う。

ガソリン価格上昇など生活に深くかかわる商品の値上がりが目立つ中、春季労使交渉が山場を迎えている(写真=アフロ)
ガソリン価格上昇など生活に深くかかわる商品の値上がりが目立つ中、春季労使交渉が山場を迎えている(写真=アフロ)

 労働側と経営側が賃金の水準を取り決める春季労使交渉は、3月16日に集中回答日を迎える。新型コロナウイルス禍で厳しい業績の企業が多かった2021年は、ベースアップ(ベア)と呼ぶ基本給底上げを見送る事例が続出した。今回の交渉では、足元までの業績改善を受け、自動車など製造大手の労働組合が相次いでベアの要求を復活させた。22年の賃上げ率は21年実績の1.86%(厚生労働省集計)を上回るとの見方が多い。

 業績改善に加え、賃上げの追い風になり得る理由がもう一つある。21年10月の発足時から企業に対し繰り返し賃上げへの期待を述べている岸田文雄政権の存在だ。岸田首相の政策の柱は「成長と分配の好循環」。経済成長の恩恵を中間層に行き渡らせて消費を活性化し、さらなる経済成長につなげるというものだ。

岸田政権は「成長と分配の好循環」を目指している(写真=代表撮影/ロイター/アフロ)
岸田政権は「成長と分配の好循環」を目指している(写真=代表撮影/ロイター/アフロ)

 賃上げは分配強化の手段となるだけに、政権は様々な施策を通じ、第2次安倍晋三政権以降の「官製春闘」の盛り上がりを復活させようとしている。その柱が13年度に導入した所得拡大促進税制、いわゆる賃上げ税制の強化だ。賃上げなどを通じて従業員全体の給与総額を増やすと、法人税などの一定割合が控除される税優遇策で、岸田政権は賃上げの度合いに応じて控除率を段階的に引き上げる仕組みに改めた。

強いインセンティブ

 例えば大企業の場合、従業員の給与総額を前年度より3%以上増やすと、増加分の15%相当額が法人税から控除される。4%以上増やすと控除率は25%になる。従業員のスキルアップに資する投資を行った場合はさらに増えて30%だ。

 中小企業の控除率はさらに手厚く、同様の仕組みで従業員の給与を増やすと最大40%が控除される。これまでの控除率は大企業で最大20%、中小企業で同25%だったことを考えると、より強い賃上げインセンティブを与えたと言える。

 経済界もこうした政権の意図に配慮する姿勢を見せる。経団連は春季労使交渉の指針となる経営労働政策特別委員会報告(経労委報告)の中で「業績のいい企業についてはベアを含む賃上げが望まれる」と、昨年よりも前向きな姿勢を示した。

 だがここにきて、前向きな動きに水を差す出来事が起こっている。

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