徳島発のスタートアップ、電脳交通は家業のタクシー会社を経営する社長の近藤洋祐が業界の課題と向き合うことで誕生した。同社が提供する配車システムは、人手不足や従業員の高齢化といった課題に直面するタクシー会社の改革を後押しするだけにとどまらない(前回記事:コロナ禍直撃のタクシー業界、山が動く)。長く縦割りにすみ分けられてきた「業界」という枠を超えて、タクシーを次世代の移動手段に進化させる可能性も秘めている。

 「ただいま手配中です」。兵庫県内のある調剤薬局。薬を受け取った人に頼まれた薬局のスタッフは手のひらほどの大きさの端末のボタンを押すとアナウンスが流れた。それから数分で、1台のタクシーが薬局に到着した。スタッフは電話やスマートフォンのアプリを使うことなくタクシーを呼んだのだ。

電脳交通がモバイル・コマース・ソリューションと連携して始めた「タクシーダッシュボタン」。ボタンを押すだけで、タクシーをその端末が置かれた場所に呼べる
電脳交通がモバイル・コマース・ソリューションと連携して始めた「タクシーダッシュボタン」。ボタンを押すだけで、タクシーをその端末が置かれた場所に呼べる

 これは2021年春、電脳交通がタクシー支援のベンチャー、モバイル・コマース・ソリューション(東京・港)と連携して始めたサービスだ。その名も「タクシーダッシュボタン」。ボタンを押すだけで、タクシーをその端末が置かれた場所に呼べる。EC(電子商取引)の巨人、米アマゾン・ドット・コムがかつて提供していた商品注文の専用ボタン「アマゾンダッシュ」のタクシー版ともいえる。端末そのものは電脳交通の配車システムにつながり、運用を裏から支えている。

 地方のタクシー会社にとって、エリア内を走行して客を拾う、いわゆる「流し営業」で獲得できる客はわずかで、売り上げの大半は電話による配車依頼が占めている。一方で、この電話を中心とした業務が地方のタクシー会社の「アキレス腱(けん)」となってきた。一日中、電話を受ける配車係を配置する必要があり、人手不足や従業員の高齢化に悩むタクシー会社にとっては負担が重いためだ。近藤は「特に地方の中小タクシー会社は悲鳴を上げている状況だ」と話す。

 「ワンタッチ」で配車を依頼できる今回のサービスは、こうした負担に苦しむタクシー会社の業務の効率化やコスト削減につながることが期待されている。

 もちろん、利用者にも大きなメリットがある。電話をかけたり、アプリを操作したりする必要がないからだ。特に地方では自分で車が運転できない高齢者がタクシーを多く利用しており、そうした高齢者が容易にタクシーを利用できる。現在、タクシーダッシュボタンは薬局のほか、病院などに導入が進む。タクシー事業者だけでなく、利用者の目線も意識されたサービスといえる。

データ連携で越える業界の壁

 電脳交通のシステムはこれまでのタクシーの利用の仕方を変えるだけではない。実は、移動という概念を大きく変える可能性も秘めている。電車で駅に到着したが、その先の移動手段がない――。地方でしばしば見られる光景である。だが、こんな体験をする人は近い未来にはいなくなるかもしれない。

 電脳交通は2021年夏、JR東日本グループなどと協力し、青森県内でタクシー配車を効率化する実験に取り組んでいる。新幹線の予約状況などのデータをもとに、電脳交通がタクシーの乗客数を予測し、最適な数のタクシーを駅に用意する。電車で駅に到着した利用者はすぐにタクシーに乗れ、目的地までの所要時間も短縮できる。タクシー会社にとっても、利用客数が事前に予測でき、余分な車を配置する事態も避けられる。利用者とタクシー事業者の双方に利点がある仕組みだ。

 だが、この実験のユニークな点は電車とタクシーという交通サービス事業者が、データを利用して相互につながることにある。従来、電車やバス、タクシーの事業者が相互に予約状況などのデータを活用する仕組みはほとんどなかった。駅に到着した際に、その先の移動手段がない状況はこのためだ。この取り組みが広がれば、利用者は電車やバス、タクシーといった交通手段を意識せず、よりスムーズに移動できるようになる。

続きを読む 2/2 無料タクシーが地域の消費を押し上げる

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