人手不足や従業員の高齢化といった深刻な課題に、いち早く直面しているのがタクシー業界である。この「課題先進」業界に新風を吹き込むのが、ITを活用してタクシー会社の配車業務を支援する電脳交通(徳島市)だ(前回記事:タクシー会社の「心臓」をつかむ)。

 創業当初、支援先は地方の中小タクシー会社が中心だったが、昨年に大手の第一交通産業やエムケイ(京都市)と資本業務提携を結んだ。新型コロナウイルスの感染拡大で正念場を迎えるタクシー業界は、電脳交通に対し、変革に取り組む「伴走者」としての役割を期待している。

 世界遺産の一部で、紀伊半島を南に流れる清流、熊野川。その河口近くに本社を構える、第一交通傘下の熊野第一交通(和歌山県新宮市)は深刻な人手不足に悩まされてきた。従業員は約60人で、平均年齢は約60歳。地方の中小タクシー会社の「典型」ともいえる人員態勢で、特に24時間対応しなければならない配車スタッフの確保がネックとなってきた。

 一方で、夜間には1日100件以上の客からの電話が本社に寄せられる。結局、この会社が取った苦肉の策が、運転手の起用である。数人の運転手が交代で配車業務に携わることにしたのだ。問題は運転手への負荷の増加だけではない。配車業務の前後は、運転手は乗務して売り上げを稼ぐこともできなくなる。まさに悪循環である。

 この問題を解消するために第一交通が導入したのが、電脳交通の配車システムである。昼間は熊野第一交通の従業員が本社で電話を受けるものの、夜間は電脳交通の配車システムを活用し、北九州市の第一交通本部にある配車室に電話を転送。リモートで配車する態勢を整えた。つまり、夜間の熊野第一交通への配車依頼は、北九州を経由して同社の運転手に伝わる仕組みに変わったのだ。

 これはいくつものメリットを生み出している。まず夜間の配車業務を運転手が手掛ける必要がなくなり、運転手の負荷を軽減できた。さらに、運転に専念できるようになったことで、売り上げを伸ばす機会も増えた。

 コスト削減効果も見逃せない。本部が集中的に人員を配置して配車業務を手掛けることで超過勤務なども見直され、グループ全体で適正な人件費を計上できるようになったのだ。

 第一交通は昨年度、熊野第一交通のほかに愛知県と三重県に本拠を置くグループ3社、計4社のタクシー約300台を対象に配車システムを導入した。この仕組みで昨年度は約600万円のコスト削減を達成した。このように電脳交通と提携した大手は、同社のシステムの長所をうまく利用して社内改革を進めている。

「危機だからこそ、一気に変わらないといけない」。コロナ禍のダメージを負って改革の必要性を訴える第一交通社長の田中亮一郎氏
「危機だからこそ、一気に変わらないといけない」。コロナ禍のダメージを負って改革の必要性を訴える第一交通社長の田中亮一郎氏

 全国に傘下企業を持つ巨大グループの第一交通とベンチャーの電脳交通との提携は業界でも大きな話題となった。昨夏、第一交通社長の田中亮一郎は北九州市内で、電脳交通社長の近藤洋祐と直接顔を合わせていた。もともと電脳交通に興味を持っていた田中に、近藤がアプローチしたのがきっかけだった。

 「若くて行動力がある」。対話を重ねるなかで、田中は近藤に可能性を感じた。話はとんとん拍子に進み、幅広い業務で連携していくことで合意した。

 かねて田中は強い危機感を抱いていた。一つが、地方と都市の格差である。1日のタクシー1台当たりの売上高は都市部では6万円なのに対し、地方ではその3分の1の2万円にとどまる。当然、地方のタクシー会社の経営環境はより厳しい。加えて、交通インフラとしての側面も持つ地方のタクシー会社をどう存続させていくかも悩みのタネだった。「地域によって異なる事情を踏まえて、生き残るための知恵を出さないといけない」

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