メジャーリーガーの夢を諦め、徳島に戻った電脳交通創業者の近藤洋祐氏(前回記事:メジャーリーガーの夢破れ、瀕死の家業を継ぐ)。廃業寸前だった家業をなんとか立て直し、軌道に乗せた。だが、たまたま乗せた一人の客の言葉が脳裏にこびりついて離れない。

 「ぜひ起業しなさい」。この言葉に背中を押されて起業に向けて動き始めた近藤氏。だが、当初思い描いたビジネスプランは、また別のタイミングで乗せた客に「筋が悪い」と一刀両断された。試行錯誤の末に電脳交通のビジネスプランが出来上がっていく。

 徳島発の電脳交通はITを活用してタクシー会社の配車業務を支援する。創業からわずか5年ほどのこのユニークなスタートアップが、縮小均衡が進むタクシー業界に新風を吹き込んでいる。だが、社長の近藤洋祐の起業への道のりは平たんだったわけではない。新しいビジネスを生み出すために試行錯誤を重ねた近藤の背中を押したのは、いくつかの運命的な出会いだった。

 「どんなビジネスを立ち上げるべきか」。家業の吉野川タクシーを再生の軌道に乗せ始めた2015年ごろ、近藤の頭を占めていたのは起業という二文字だった。家業の再建を通じて業界が抱える深刻な課題に直面する一方で、小さなタクシー会社の経営者としては限界を感じていた。「自社だけでは月5000人にしかサービスを提供できない。もっと業界全体にインパクトを与えたい」

 実は、起業を意識したのはこの時が初めてではない。まだ吉野川タクシーの運転手として働いていた2012年、ある運命的な出会いが近藤に起業という概念を植え付けた。ある日、近藤は徳島県南部にある海陽町で開かれるスタートアップイベントに参加するという一人の男性を乗せることになった。

 現地まで3時間ほどの長旅。話題は自然と近藤自身に向かった。「なぜその若さで運転手をやっているのか」。男性は20代の若者が地方のタクシー会社で運転手をしていることに興味を持ったようだった。

 家業を手伝うことになった経緯を一通り説明した近藤に、男性は「タクシー業界をどうしていきたい?」と投げかけた。近藤に具体案があったわけではなかったが、現場で見た課題について熱っぽく語った。聞き終えた男性は、目の前の若者に向かってこう激励した。「まだまだタクシー業界にはできることがあるはずだ。ぜひ起業しなさい」

 その男性こそ、日本初の個人型ベンチャーキャピタル(VC)を立ち上げ、ディー・エヌ・エー(DeNA)の創業時にも投資した著名なベンチャーキャピタリストの村口和孝であった。村口は近藤との出会いをこう振り返る。「古いイメージのタクシー業界に若くて熱意のある若者が出てきたと感じた。イノベーションが起きる可能性が垣間見えた」

ベンチャーキャピタリストの村口和孝氏(左)と電脳交通創業者の近藤洋祐氏(右)。たまたまタクシー運転手時代に乗せた村口氏の言葉が起業へと近藤氏を突き動かした
ベンチャーキャピタリストの村口和孝氏(左)と電脳交通創業者の近藤洋祐氏(右)。たまたまタクシー運転手時代に乗せた村口氏の言葉が起業へと近藤氏を突き動かした

 まだ具体的なビジネスプランも何もなかった。だが、「この出会いで起業へのスイッチが入った」(近藤)。それから2年後、近藤は再び徳島で対面した村口にこう宣言する。「必ず起業します」。村口も「それなら出資するよ」と応じた。後に近藤が電脳交通を創業すると村口は、その約束通り出資することになる。村口は現在も電脳交通の社外取締役に名を連ね、近藤を支えている。

続きを読む 2/3 「君にしか見えない景色を事業化すべきだ」

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