元フェンシング女子日本代表で、LGBTQ+(性的少数者)の支援に取り組む杉山文野氏。現在は男性として生き、パートナーの女性とゲイの友人と3人で子育てをしている。これまでも子どもが欲しいと思ったことはあったが自然妊娠は望めない――。何か方法はないかと話し合った結果、最も信頼する友人に精子提供を依頼した。

 体外受精を経て、2018年11月、3人の下に赤ちゃんが誕生した。2人目も生まれ、3人で子育てに奮闘している。「男性と女性が結婚し、子どもを持つ」。そんな「標準的な世帯」にはない、LGBTQ+時代の新しい家族の形と描かれがち。だが、当人たちに特別な気負いはない。

 「『新しい家族の形』と称されるが、私たちはごく普通の生活をしているだけ」。そう語るのは、見た目はひげを生やした男性だが、戸籍上は女性である杉山文野氏だ。元フェンシング女子日本代表で、LGBTQ+(性的少数者)の支援をする東京レインボープライドの共同代表理事を務める。

<span class="fontBold">杉山文野(すぎやま・ふみの)氏</span><br />1981年東京生まれ。早稲田大学大学院教育学研究科修士課程修了。飲食店を経営しながら、NPO法人東京レインボープライドの共同代表理事を務める。渋谷区の同性パートナーシップ条例制定に携わり、渋谷区男女平等・多様性社会推進会議委員も務めている。(写真=北山宏一氏)
杉山文野(すぎやま・ふみの)氏
1981年東京生まれ。早稲田大学大学院教育学研究科修士課程修了。飲食店を経営しながら、NPO法人東京レインボープライドの共同代表理事を務める。渋谷区の同性パートナーシップ条例制定に携わり、渋谷区男女平等・多様性社会推進会議委員も務めている。(写真=北山宏一氏)

 生まれたときから心と体の性が一致しない、いわゆるトランスジェンダーだった。最初に違和感を覚えたのは2~3歳のときだった。幼稚園の入園式に行こうと母親からスカートをはかされたところ、大泣きして嫌がった。自分が女性の体であることに対する強い違和感はあったが、他人に気づかれてはいけないと幼心に思った。自認する性と実際の体が違うことを誰にも言うことなく幼少期を過ごした。

 幼稚園から高校までは日本女子大学の付属校に通った。「セーラー服とルーズソックスを身に着け、毎日女装している気分だった」と杉山氏は話す。

 学生時代、テレビのバラエティー番組に出てくるLGBTQ+の大半は、お笑いタレントであり、「おかしな人」という役割を演じていた。周りにロールモデルになる大人がいない中「自分は大人になる前に死んでしまうべきではないか。どうせ死ぬなら早く死にたい」、そんなことばかり考えていたという。

 違和感を人に打ち明けられずにいた杉山氏が周りにカミングアウトしたのは高校3年生の終わりごろ。しかし、親には理解してもらえず、「頭がおかしいから病院に行け」と言われた。「親が子どものカミングアウトを否定してしまうのは、幸せになった子どもの将来を想像できないから」と杉山氏は考える。指針となるロールモデルがないことが、本人と親の不安をかき立てる。

続きを読む 2/3 ゲイの友人から精子提供、「自然妊娠できない立場は同じ」

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