艶やかな黒がシルクのように輝くブラジャー。その光沢感となめらかさの正体は、旭化成アドバンス(東京・港)がつくるエコ生地だ。これは同社が掲げるエコ生地ブランド「ECOSENSOR(エコセンサー)」シリーズの1つで、スーツの裏地で有名な同社のキュプラ繊維「ベンベルグ」を混ぜて光沢感となめらかさを演出した。2021年に開発されたばかりの生地で、活用されるのはこれが初めてという。ただ、旭化成アドバンスが新製品を通して変革をもたらしたかったのは、環境負荷だけではない。新素材が持つ特性は、少なくない女性たちの悩みにも光明をもたらしつつある。

乳がんサバイバー向けに開発された「THE BRA」(写真:鈴木 愛子)
乳がんサバイバー向けに開発された「THE BRA」(写真:鈴木 愛子)

 10月10日、都内のある写真スタジオに集う女性たちの前に、ある下着が披露された。艶やかな黒色に輝く、ファッショナブルなブラジャーを目にした瞬間、女性たちからは歓声が上がった。

 「機能性が第一で、オシャレはどうしても二の次になってしまっていた。でも『下着のオシャレをまだしていいんだ』と前向きになれたし、誇らしく思えた」

 試着した溝口綾子さん(61歳)が微笑みながらそっとこぼした言葉。オシャレを捨てて機能性を最優先せざるを得なかった裏には、1つの変えられない過去がある。15年前の乳がん罹患(りかん)だ。

 乳房の切除や再建手術など、温存療法がかなわなかった乳がん患者には直面しなければならない課題がある。再建したとしても、従来と同じように下着を着けられるかというと、そうとは限らない。そこが乳がんのサバイバー(経験者)を悩ませるポイントでもある。

 こうした乳がんサバイバーの声なき声を拾い上げて、彼女らが着用しやすいような工夫を随所にこらして誕生したのが「THE BRA」だ。生み出したのは、大阪や東京にセレクトショップを展開するIZA(大阪市)と、高級下着ブランド「Albâge Lingerie(アルバージェ ランジェリー)」を展開するXY(東京・渋谷)だ。

 工夫の一端を見てみよう。例えば脇の部分の布の高さ。THE BRAは一般的なブラジャーより低くしている。それは術後に痛む脇下のリンパ部分に当たらないようにした配慮からだ。肩ひもでつるすのが通常のブラジャーだが、THE BRAはタンクトップ型のスタイルを取る。乳房再建のため、シリコンなど胸に入れるインプラントの重さを支えるためだ。乳がんサバイバーに丹念なヒアリングを重ねた結果、完成した。

 機能性もさることながら、審美性も兼ね備えているのが、最大の特徴。従来、乳がんサバイバー向けのブラジャーは機能性を重視し、薄い色合いの「病院着のような」(XY)ものが多く、「選択肢が少なかった」(溝口さん)。THE BRAの表面はシルクのように艶やかな光沢感がある。触れると指がすべるようななめらかさで、それでいて自立した曲線が保たれる。肩にかけては上品なフランス産のレースも施されている。「乳がんになった途端にオシャレを手放さないといけないと思わなくてよいように、“患者扱い”しないデザインを重視した」(XY会長の高崎聖渚氏)。

 10月は乳がんの早期の発見や診断、治療を啓発するピンクリボン月間。それに合わせ、同月12~18日に伊勢丹新宿店(東京・新宿)のポップアップストアで発売した。グッチやプラダといった高級ブランドがひしめくフロアでゴージャスな金色の照明に照らされても、黒色のブラジャーは引けを取らない存在感を放つ。

 乳がんサバイバーの希望にもなり得るブラの開発には、黒子である素材メーカーの存在が欠かせない。胸を包むカップ部分の表面にあしらわれているのは、旭化成アドバンスが環境に配慮してつくったエコ生地だ。これが艶となめらかな肌触りの正体だ。実はこの下着、美しく肌にやさしいだけでなく、地球にもやさしい。

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