2014年にインドの清涼飲料水事業から撤退するという苦い失敗を経験したサントリー。そこから得た教訓を生かし、ウイスキー市場攻略ではインド市場専用の“武器”である「オークスミス」を緊急開発。短時間ではあったが徹底した市場調査から、現地のボリュームゾーンを的確に捉える製品を生み出した。

浦上隆志・ビームサントリーインディア・シニアイノベーションマネジャー(左)はかつて、清涼飲料水事業でインド市場に挑み、苦い失敗を経験した
浦上隆志・ビームサントリーインディア・シニアイノベーションマネジャー(左)はかつて、清涼飲料水事業でインド市場に挑み、苦い失敗を経験した

 サントリーがインドで経験した手痛い失敗。それが、 2012年5月に地場企業と合弁会社を設立して清涼飲料事業に参入した後、わずか10カ月で撤退したことだったと前回に説明した。この失敗からサントリーは何を学んだのか。

 当時、日本人として事業の中心にいたのが浦上隆志・現ビームサントリーインディア・シニアイノベーションマネジャーだ。「絶対にまたインドに戻ってくる」。そう決意して、浦上氏は日本へ帰国。15年には社内で「インド事業の失敗分析」として振り返りのインタビューを受けている。

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 失敗の原因は、市場理解やリスクに対する意識の低さにあった。自身を振り返ると、合弁先にもサントリーにも、甘えがあったと気づいた。「向こうは営業先を広げてくれない、サントリーは商品を出さない、お互いに『もっと頑張れよ』と他責の傾向に陥ってしまっていた」(浦上氏)。

 再起の念を持ち続けた浦上氏だったがその機会は意外と早くやってきた。17年末、ビームを買収した後のサントリーが今度はウイスキーでインドへの本格進出を計画し始めたのだ。当時、サントリーHDの経営企画部にいた浦上氏は中心メンバーの一人となって、10年先を見据えたインド進出の計画策定に着手した。

 浦上氏は18年初夏、インド各地を回り、徹底的な消費者調査を開始した。「世帯年収ごとの酒の飲み方」や「好んで購買するブランド」など、現地人の家庭も訪問し酒類市場への理解を深めた。世帯年収が日本円で150万円ほどでも、2000円前後のウイスキーを晩酌に飲む光景を見て、「高度経済成長期の日本と今日のインドは重なる」と市場が大きく成長する手応えを感じた。

1年以内にIMFLを発売せよ

 半年ほど調べた結果、インド市場参入の成功には「IMFL」の投入がカギとなるという結論に至った。IMFLとは「Indian-made foreign liquor」の略。直訳するとインド産の輸入酒で、ウイスキーの場合は輸入ウイスキーとニュートラルスピリッツを現地でブレンドした酒を指す。インドで飲まれるウイスキーの9割前後はこのIMFLだ。

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 インドのウイスキー市場攻略には「このジャンルの商品投入が必須」と浦上氏は確信した。 サントリーは14年にビームを買収していたが、現地で販売していたのは150%もの関税がかかる高価な輸入ウイスキーに限られていた。ボリュームゾーンを獲得する武器を持たずに巨大市場に挑んでいたのだ。

 これを知った新浪剛史サントリーHD社長からはこんな指示が飛んだ。「1年以内にIMFLを発売すること」。ビームサントリーでは通常、開発から製品化、発売までは短くても1年半はかける。“むちゃぶり”だったがスピード開発を実現するため、日印米英など各国から50人以上のメンバーが計画に参加。19年には約4000人の消費者に対してデザインや味、ネーミングに関して調査を実施するなど、本格的な企画・開発を始めた。

何度もインドに足を運び「オークスミス」の味をつくり上げたサントリー・チーフブレンダーの福與伸二氏(右)
何度もインドに足を運び「オークスミス」の味をつくり上げたサントリー・チーフブレンダーの福與伸二氏(右)

 インドウイスキーの味をつくったのは「碧(Ao)」や「山崎」のブレンダーとしても知られるチーフブレンダーの福與伸二氏だ。福與氏は急きょ開発することになったIMFL「オークスミス」を発売するまでの1年間で6度、インドへ渡っている。発売時期は厳命されているので、時間はない。「1度目で大枠、2度目の渡航で完成形をつくらないと間に合わないな」。そう考えた福與氏は1度目の渡航前にサンプルを完成させてインドへ向かった。現地の家庭を訪問して、食習慣・飲酒文化も実体験した。

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