防衛大学校の出身者はデジタル分野の起業家から、誰もが知る教育企業の経営者まで実は産業界で活躍している。戦略論を学ぶうえ、過酷な訓練や課せられる大量のタスクを通じて、「理不尽耐性」は学生時代に体得済み。学生寮の生活を通じて、組織をうまく運用する「リーダーシップ」の重要さも知っており、ビジネスに通じるスキルを備えている。

 2020年の東芝株主総会の運営を巡り、6月に公表された調査報告書。「東芝は経済産業省といわば一体となり、株主提案権の行使を妨げた」などとして、企業のガバナンス史上に残る内容となった。

 この調査で要となったのが、幹部の電子メールなどから得た資料約78万件を解析した技術「デジタルフォレンジック」だ。技術を提供したフロンテオ(東京・港)は、防衛大学校出身の守本正宏社長が2003年に設立した。

 AI(人工知能)の機械学習技術は大量のデータを読み込み、特徴を学習する。フロンテオのAIは自然言語処理に特化し、解析の手掛かりとなる「教師データ」が少量あれば、文書の類似性や文脈を捉え、必要な情報を抽出できるという。

守本氏は防衛大に通い、やり抜くことが習慣になったと強調する
守本氏は防衛大に通い、やり抜くことが習慣になったと強調する

 55歳の守本氏は、もともとパイロットを目指して防衛大に進学した。だが、夢は在学中の視力の低下によって断たれた。1989年に防衛大を卒業して、海上自衛隊の護衛艦で勤務、1995年に退官した経歴を持つ。

 最初に入った民間企業は半導体製造装置の世界最大手、米アプライドマテリアルズの日本法人だった。2000年にITバブルが崩壊し、業界の先行きが不透明になった頃、「自分のやりたいことを貫徹したい」と退職。ちょうど日本企業がフォレンジックを活用する米国の訴訟制度で苦戦している状況を知り、フロンテオを起業した。

トイレの明かりで試験勉強

 「やるべきことをやり抜く習慣」。守本氏は、これを防衛大で学んだ最も重要なことだと振り返る。

 防衛大の1日は尋常ではなく忙しい。早朝に起床、ベッドメーキング、点呼、部屋の掃除、食事、授業、定期的な服装点検に備えた靴磨きやアイロンがけ……。消灯時間は厳しく定められ、時間がない学生たちはトイレの明かりで試験前に勉強していた。

 「学業や生活面で理不尽なほど大量のタスクを課せられ、追い込まれる」。こう語るのは、防衛大出身の起業家でオーダーメードの呉服を販売する二十八(ふたや、京都市)の原巨樹代表だ。

 4年制の総合大学などを普通に出て会社に入っていった新入社員たちは、上司との人間関係や組織での立ちまわり方を巡って、必ず「理不尽」を経験する。それを乗り越え、学んでいくことに多くの新人が苦しむわけだが、防衛大生は学生時代にそれ以上に厳しい環境下で「経験済み」だ。

 こうした日常が「外資系企業での厳しい業績管理や、スタートアップの創業期に不可欠な少ない人数で多方面の業務をこなすスキルに通じるところがある」と守本社長は実感を込めて語る。

 フロンテオの創業から15年たった18年度、売上高が前年を割り込んだ。AIに注力してフォレンジックを強化するという経営方針に間違いはないとは感じていたが、その方針が徹底されず、AIを必要としない利益率の低い案件も多く請け負ってしまっていた。このとき、守本氏は「防衛大や自衛隊で学んだ『やるべきことをやり抜くこと』の大事さが組織に浸透できていなかった」と気付いた。

 守本氏自身は管理職に、管理職はその部下に、タスクをこなしてきちんと報告をあげるという習慣の重要性を地道に説いた。結果、業績は上向いていったが、特に重要なのは部下から上司への報告だという。守本氏が勤務していた護衛艦では、一つのミスが乗員全員の命に関わりかねない。山ほど入ってくる船の状況報告について、指揮官が判断しやすいように、伝えるべき内容、順序、タイミングを常に精査していた。

 守本氏は、「会社も組織をうまく動かすという意味では同じ。フォロワー(従業員)がリーダーや組織のことを考えて行動することが、組織の強さになる。リーダーシップは『究極のフォロワーシップ』が支えると学んだ」と話す。

次ページ 準備の大切さを学ぶ