社会全体の気分が前向きになれば、将来への不安が薄れて個人消費が活性化する。それに合わせて企業が工場などへの設備投資を増やして、景気拡大の好循環が生まれると見込んだ。

 安倍氏は2014年1月の施政方針演説で、「かつて日本は、東京五輪の1964年を目指し、大きく生まれ変わった。2020年の東京五輪を日本が新しく生まれ変わる、大きなきっかけとしなければならない」と国民に訴えた。

 だが消費者の財布のひもは固かった。2014年以降の全国家計構造調査でも消費支出がプラスに浮上することはなかった。

 多くのエコノミストは「将来への不安が薄れていない」ことを、消費が低迷している主な理由に挙げる。確かに、老後の生活や健康などの面で不安を抱く人の割合が、バブル期より増えていることを、各種世論調査が示している。将来に備えて、所得のうち貯蓄に回す比率が増えており、その分、消費の割合が削られている。可処分所得に占める消費支出の割合(消費性向)は、1980年代まで70%台後半で推移していた。それがバブルが崩壊した1990年代前半からは、70%台前半で低迷している。

 しかし、日本人は本当に将来が不安だという理由だけで消費を控えているのだろうか。日本人の6割が重視したいという心の豊かさは、海に沈む夕日や、自然の中で子どもが遊ぶ姿を眺めたりすることでも感じられるはずだ。必ずしも消費支出を増やさなくても実感できる。

昔はクーラーで豊かさを感じられた

 逆に、かつて大半の日本人が追い求めていた物質的な豊かさは、消費支出と連動していた。1950年代後半から冷蔵庫や洗濯機、白黒テレビは「三種の神器」と総称され、1964年の東京五輪をきっかけに普及が本格化したカラーテレビに加えて、クーラー、カー(自動車)はまとめて「3C」と呼ばれた。高度成長期の会社員たちはこれらを購入することを目標に働いた。

 初めて自宅でクーラーの涼しさを味わった夏、初めて自家用車で遠出した週末……。新たな「物質」が手に入るたびに、人々は豊かさを実感した。

 全国家計構造調査によると、消費支出の伸びは、バブル経済の余韻が残る1994年まで続いた。同年の調査で月34万4066円の消費支出を記録した。これを頂点に増減率はマイナスに転じ、2019年にはピーク時より18.9%少ない月27万9066円まで消費支出が落ち込んだ。

 それにもかかわらず、生活に満足する日本人は減るどころか、増えている。

次ページ デフレでも幸せな家族