「東京や大阪の在住者だけでなく、淡路島に近い神戸からも行きたいという声が上がる。『なんで?』と聞くと『リゾート地だから』と返ってくる。社員たちが『心の黒字』を楽しんでくれれば、僕はそれでいいと思っている」

 心の黒字とは、瀬戸内海の夕日を眺めたときや島の土を触ったとき、自然の中で子どもが遊んでいる姿を見たときなどに得られる充足感を指す。家計簿には表れない黒字だ。

 かつて豊かさを求めて少年少女が後にした淡路島に、都会在住のパソナ社員が進んで移住する。この逆流現象は、日本人の豊かさの基準が様変わりしたことを物語る。

 内閣府の「国民生活に関する世論調査」によると、「物質的にある程度豊かになったので、これからは心の豊かさやゆとりのある生活をすることに重きをおきたい」とした人の割合は2019年に62.0%に達した。この設問は1972年から調査票に加えられている。まだ日本人が高度成長を謳歌していた同年、心の豊かさに重きをおく人は37.3%しかおらず、大半は物質的な豊かさを求めていた。

 高度成長期のモノに対する旺盛な消費欲求は、総務省が5年ごとに「全国家計構造調査(旧・全国消費実態調査)」で調べている1カ月の平均消費支出の増減率にも表れている。

 所得の増加もあって、東京五輪が開かれた1964年の消費支出は、5年前に比べて35.2%も増えた(物価変動の影響を除く実質ベース、2人以上の世帯)。今では考えられない驚異的な伸びだ。

(写真:PIXTA)
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安倍氏、「日本再生」と意気込むも

 政府は現在も大半の日本人が物質的な豊かさを求めていることを前提に経済政策を推し進めているようだ。その証左こそ、間もなく開幕する2度目の東京五輪と言えるのではないだろうか。

 2013年9月、ブエノスアイレスで開かれた国際オリンピック委員会(IOC)総会で東京招致に成功した直後、当時の安倍晋三首相は現地で記者会見に臨み、「五輪の開催決定を契機に、デフレと縮み志向の経済を払拭していきたい」と強調。金融政策、財政政策、成長戦略に続くアベノミクスの「第4の矢」に東京五輪を位置づけた。

 政府が東京五輪で特に期待したのが、1990年代前半にバブル経済が崩壊してから冷え込む消費マインドの転換である。全国家計構造調査によると、1カ月の消費支出は、1999年に5年前比で4.1%減とマイナスに転落してから、減り続けている。

 東京五輪を再び開催することで、日本経済が元気いっぱいだった前回の東京五輪の記憶を呼び覚ますことができると政府は考えた。

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