新型コロナウイルスのワクチン開発で出遅れた理由は日本が内向きだったからだ。安全に万全を期す姿勢は正しい。だが、それのみを追求していては革新の芽は育つまい。何が必要なのかを見極め、世界に目を向けなければ、創薬国日本の力を発揮できない。

 6月1日午前8時過ぎ、菅義偉首相は資料に目を落としながら粛々と話し始めた。「新型コロナ対策の切り札はワクチンだ」「ワクチンを国内で開発・生産し、速やかに接種できる体制を確立しておくことは、国民の健康保持はもちろん、危機管理上も極めて重要だ」

6月1日、首相官邸で「ワクチン開発・生産体制強化戦略」を議論した。ワクチンを巡る政府の空気が変わってきた(写真:共同通信)

 首相官邸で開いた健康・医療戦略推進本部の会合。このあとに閣議決定することになる「ワクチン開発・生産体制強化戦略」について関係閣僚の議論を受けた発言だ。欧米に比べてワクチンの導入が遅れ、コロナ禍からなかなか抜け出せない現状を率直に認め、「次のパンデミック」に備える考えを示したものと受け止められた。

 政府のワクチンへの対応に不満ばかりを漏らしていた業界からも一定の評価が聞こえてくる。日本でコロナワクチン開発を進めるスタートアップ、アンジェス創業者の森下竜一・大阪大学寄付講座教授は、「国家安全保障の立場で国のワクチン戦略が明確になったのは画期的」と評した。塩野義製薬の手代木功社長も「長期継続的な国家戦略として感染症に取り組む意思が明示されたのは大きい。実効性のある形で進めてもらいたい」と語る。

2007年にも危機感はあった

 日経ビジネスは4月26日号の特集「ワクチン最貧国」で、日本は国民の命を守り、経済を支えるために欠かせないワクチンを国内に持ち込み、行き渡らせる作業で新興国にも後れを取っていると伝えた。政府のワクチン強化戦略では出遅れの原因を8つ挙げている。

 不足しているものとして示したのは最新ワクチンを開発できる研究機関の機能、人材、産学連携。シーズを見つけ出すスタートアップの不足や国内関連産業の脆弱性なども指摘した。「輸入ワクチンを含め迅速で予見可能性を高める薬事承認の在り方等」と、政府のこれまでの判断を否定する文言も盛り込まれた。そして9項目の「必要な施策」として「世界トップレベルの研究開発拠点形成」「薬事承認プロセス迅速化と基準整備」などを掲げている。

 8つの原因と9つの施策はどれももっともな話だ。だが、これで本当に次の災厄は免れるのだろうか。

 ワクチン行政を主管する厚生労働省は2007年、「ワクチン産業ビジョン」を策定している。名前の通りワクチンメーカーの取り組みに重点を置いた施策としてまとめられた。だが今回のワクチン戦略と大きな違いはない。「基礎研究から実用化(臨床開発)への橋渡しの促進」「危機管理上も必要なワクチン等の研究開発及び生産に対する支援」「薬事制度等の取り組み」などの項目を掲げている。むしろ「産業」がなすべきことに焦点を当て、方向性は明確だった。

 産業ビジョンがつくられたのは当時、髄膜炎菌や肺炎球菌、インフルエンザ菌などに対するワクチンが海外で次々に登場しているのに、日本に一向に入ってこなかったからだ。日本のワクチン企業は研究開発投資が不十分で、海外で登場した遺伝子組み換え技術などを利用した新タイプのワクチンを開発・製造できなかった。

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