米中と比べ、「聴く文化」は日本にはまだ浸透していない。米調査会社のリポートを見ても、日本で少なくとも月に1回ポッドキャストを開く人口は米中の3分の1にすぎない。
この状況を一変させたのが2021年初頭に日本で巻き起こった音声SNS「Clubhouse(クラブハウス)」ブームだ。招待制も相まって熱狂の渦を巻き起こした。数カ月で騒ぎは沈静化したものの、「聴く習慣」を日本にもたらした効果は大きい。
コロナ禍で働き方が多様化し、リモートワークが一気に普及した点も音声市場にとって追い風となっている。長時間にわたるオンライン会議やデスクワークで、「目の疲れ」が慢性化しているためだ。
日本に「聴く習慣」が根付き、「聴く文化」へと昇華していくためには良質なコンテンツは欠かせない。音声メディア「Voicy(ボイシー)」を運営するVoicy代表取締役最高経営責任者の緒方憲太郎氏による著書『ボイステック革命 ~GAFAも狙う新市場争奪戦~』から一部抜粋・再編集して掲載する。

今、世界で音声市場が成熟しつつあるのは、アメリカと中国だ。米調査会社のMAGNA(マグナ)による「The Podcasting Report(2019年7月)」によると、「少なくとも月に1回はポッドキャストを開く人口」(インターネットの普及率に応じて補正した値)はアメリカが26%、中国が29%と大きく、日本は8%にとどまっている。これを「日本はすっかり出遅れている」としか見ないか、「日本の伸びしろはすさまじく大きい」と考えるか。
まずはそれぞれの市場を簡単に見ていこう。
アメリカについては、既にスマートスピーカーやポッドキャストに焦点を当てて説明したが、もう少し音声市場拡大の背景にある特徴について紹介したい。
アメリカはもともと、スマートスピーカーやワイヤレスイヤホンなどのデバイスが普及する随分前から、「聴く」文化が定着していた。国土が広く、車社会のため、通勤や移動するとき、運転しながら音声を楽しむ人が多い。
ラジオも発達しており、英語、スペイン語、ロシア語などのさまざまな言語、ニュース、スポーツ、カントリーやR&Bなどのさまざまなジャンルの音楽などで細分化された専門ラジオ局があり、その数は全米で1万5000以上といわれている。
車の中で本を「聴く」ことも当たり前になっていて、早いうちからカセットテープやCDによる「オーディオブック」市場が形成されていた。そしてスマホの普及で、これらがそのままポッドキャストやスマホで聞くオーディオブックなどに置き換わってきた。アメリカのオーディオ出版社協会(APA)によると、2019年のアメリカのオーディオブックの売り上げは、前年比16%増の12億ドル(約1300億円)に上り、8年連続の2ケタ成長を続けている。
こうした背景からも、スマートスピーカーへの抵抗感は低かったことが考えられる。スマートスピーカーは、今や「1家に1台」から「1部屋に1台」の時代になっているともいわれ、アメリカ人が音声コンテンツに触れる時間はどんどん長くなっている。
ポッドキャストコンテンツの成長ぶりも前述の通りだ。大手IT各社が競い合うようにポッドキャストに投資しているほか、大手新聞社やテレビ局、ラジオ局などの既存マスメディアも、質の高いポッドキャスト専用番組を制作している。
例えば、実録クライム(犯罪)系の連続シリーズとして制作された「Dirty John(ダーティ・ジョン)」は、リリースから6週間で1000万回以上、累計5200万回以上ダウンロードされた。ニューヨーク・タイムズのニュース番組「The Daily(ザ・デイリー)」は1日で200万人が聴く人気コンテンツになっている。
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