20年間も尼崎市はだまされていたのか

 そういえば、泥酔してUSBメモリーを紛失した再々委託先の技術者について、報告書にはこんな記述がある。「尼崎市の担当者として常駐することになった2003年頃から、尼崎市を顧客とする業務の専任として業務遂行し続け、次第に、BIPROGYにとっても尼崎市にとっても、尼崎市を顧客とする案件を詳細に把握しているキーパーソンたる地位を築いており、BIPROGYはこのような現場要員を確保するために、アイフロント(編集部注:アイフロントは再委託先のITベンダーである)を名目的に経由させて再委託、再々委託していたのが実態であった」。

 ここで「アイフロントを名目的に経由」とあるのは、次のような事実があるからだ。実はアイフロントは何もしておらず、案件をそのまま再々委託先のITベンダーに投げている。いわゆる「中抜き業者か」と勘違いしそうだが、必ずしもそうではない。何せ毎月1万円しか抜いていないからね。しかも再々委託先は従業員10人以下のベンダーであり、個人情報保護で万全の体制が取れるような企業ではない。BIPROGYとしては直接委託するわけにいかないので、アイフロントを間に入らせたと想定される。

 さて、この再々委託先の技術者が尼崎市を担当するようになったのが2003年ごろだとすると、約20年の長きにわたって常駐技術者として働いてきたわけだ。「客もSIerの担当者も入れ替わってしまい、業務に精通しているのは下請けの常駐技術者だけ」というIT業界あるある話の典型的パターンで、そりゃキーパーソンになるよね。この人はBIPROGYと尼崎市にとってなくてはならない人材だったわけだ。

 それにしても、よくもBIPROGYは20年の長きにわたり、この人を自社の技術者であるかのように装って尼崎市をだまし続けられたな。そして、よくも尼崎市は20年の長きにわたり、一度も身元を確認しようとせずにだまされ続けたものだな。「そんなことってあり得るのか」。猜疑心(さいぎしん)の強い私はそう思ってしまうが、元検事らからなるBIPROGY側の委員会は、20年間の尼崎市の「対応」に一切疑問を感じなかったのだろうか。断っておくが、尼崎市がだまされたふりをしていたと言っているわけではないぞ。そのあたりのことをきちんと調べなければ駄目だと言っているのだ。

 問題は他にもある。この技術者が常駐を始めた2003年頃は、尼崎市が再委託を全面的に禁止していた時期だ。報告書によると「再委託の際には承認が必要」というレベルに緩和されたのは2005年だという。だとしたらBIPROGYの行為は極めて悪質なので、その経緯を徹底的に調べなければならない。しかし、当時を知る人は退職してしまっているなどして分からなかったそうだ。ならば尼崎市にも事情を聞いたらどうかと思うぞ。当時の関係者がまだ在職しているかもしれない。にもかかわらず、聞かないことに決めたとは不思議な話だ。

 実はこの報告書で、私もちょっと感動するくらい立派な宣言をしている。「本件USBメモリー紛失事故は、BIPROGYの協力会社であるX社(編集部注:X社は再々委託先のITベンダーを指す)の従業員であるA氏が、USBメモリーを携帯したまま泥酔したことが直接の原因であり、A氏の軽率な行動は強く非難されるべきである。しかしながら、そのような事態を招くに至った背景には、より深刻かつ構造的な問題が存在しているのであり、本件USBメモリー紛失事故の発生原因を一個人の過失に帰結させることは適当ではない」。

 「まさにその通り」と思える記述だ。ただし、後半の記述は間違っている。正しくは「そのような事態を招くに至った背景には、より深刻かつ構造的な問題が存在しているのであり、本件USBメモリー紛失事故の発生原因を一個人の過失やITベンダーの不適切行為に帰結させることは適当ではない」である。改めて言うと、BIPROGYと尼崎市との長年の関係性にまで踏み込んで調査しないと「より深刻かつ構造的な問題」など解明できないぞ。

次ページ 「人月商売ベンダーによる現場丸投げ」の典型