「使えない技術者は不良資産」と言ったSIer

 考えてみれば、人月商売のIT業界全体が技術者を人財扱いしているといえる。業界の多重下請け構造の中に、人月商売でお金を生むための財産として多数の技術者をプールしているわけだ。だからSIerにとっても、下請けITベンダーの技術者は財産だ。だから人財。そういえば、大手SIerの幹部が「パートナー企業(=下請けITベンダー)の人たちも含め、技術者は皆、我が社にとって大切な人財」などと話していたな。

 しかし、これはとんでもない欺瞞だ。何せSIerにとって下請けITベンダーの技術者は「我が社にとって大切な人財」であっても「我が社の大切な人財(社員)」ではない。だから、人月商売の仕事がふんだんにあるときは、そんなきれい事を言っているが、不景気になって仕事が減れば下請けITベンダーを切り捨てる。これにより「我が社の大切な人財」は、プログラムをろくに書けず、プロジェクトマネジメントもまともにできない人財を含め雇用を守れる。

 そういえば随分前だが、ある大手SIerの幹部が「ここだけの話」と前置きしたうえで、そうした使えない社員を「我が社の不良資産」と称していた。ひどい言葉だが「ITベンダーにとって社員は本当に人財なんだな」と変に感心した記憶がある。ただ、よほどの不況にでもならない限り「我が社の不良資産」も損切りの対象にはならない。犠牲を強いられるのはいつも下請けITベンダーの技術者だ。しかも、多重下請け構造の末端の人たちだから、SIerはあずかり知らぬことであり、良心がとがめることもない。

 では、下請けITベンダーは大不況のときにどうするのか。技術者に辞めてもらうか、会社をたたむしかない。何せ多重下請け構造の中で仕事をもらっている存在なので、マーケティングどころか、まともな営業もできないので、大不況だと仕事が一気になくなってしまうからな。多くの技術者が無稼働になってしまい、ブラック体質のITベンダーなら「無稼働=不良資産」として損切りに走る。要は、いろいろと理由を付けて脅したり泣き落としたりして、技術者を退職に追い込むのだ。

 もちろん下請けITベンダーの経営者にも良心的な人が大勢いて、不況の到来のたびに悩み苦しんでいるのも知っている。ただ、人月商売のIT業界の多重下請け構造に安住しているようでは、どんなに良心的であったとしても、結果はブラック企業と同じだ。「我が社の大切な人財」を損切りするしかない。結局のところ、人海戦術の労働集約型産業の底辺でその要員を人財として抱え込んでいる限り、そこから逃れるすべはないのだ。

 この極言暴論では「人材を人財と言い換えることの恥ずかしさ」といった具合に、単なる言葉上の話のように書き始めたが、少なくとも人月商売のIT業界においては本質的な問題である。つまり、人海戦術の人月商売を支える労働力を生み出す資産として技術者を扱っている理不尽について述べてきたわけだ。本来、IT産業は知識集約型産業であるべきなのは言うまでもない。技術者が本来の意味での人材、つまり才能や能力のある人として扱われ、その才能や能力を高められなければ話にならないのだ。

 という訳で記事の最後に、人月商売のIT業界にいる技術者に対して、いつものように挑発しておく。実際に人財という言葉を使っているかどうかにかかわらず、人財扱いしかしないITベンダーをとっとと捨てて、人材としてプロの技術者として処遇する企業に転職したほうがよいぞ。この極言暴論で何度も書いているように、多くのユーザー企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)のために、手を動かせる技術者を求めているからな。えっ?転職を検討していた企業が「我が社の人財」などと言っているって? そりゃ再検討だ。

『アカン! DX』

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著 者:木村 岳史
価 格:1980円(税込)
発 行:日経BP

[日経クロステック 2021年11月15日掲載]情報は掲載時点のものです。

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