DXがリストラだなんて考えたくもない

 もう10年近く前の話だが、ある著名経営者から話を聞いて「なるほど、その通りだ」と思ったことがある。その経営者は「(人員削減を含む)リストラを実施するなら、ちゅうちょせず、できるだけ早いタイミングで実施せよ」と言っていた。早めに実施すれば、たとえ希望退職を募らなければならなくなったとしても最小限の規模で済むし、会社を去る人たちに割り増し退職金や再就職支援などの形で手厚く対応できる。実際、この経営者は早期リストラで会社を建て直し、デジタル革命の大波に乗り損なうこともなかった。

 要するに「負け組の事業を整理し、勝ち組の事業に集中できる体制をいち早く構築することが重要」というわけだ。ところが、大概の日本企業の経営者は早期のリストラをためらう。何せサラリーマン経営者だから、同じくサラリーマンの部下のクビを切るのは忍びない。そういう気持ちは人として正しいかもしれないが、経営者としては落第だ。しかも、サラリーマン経営者らしく他の役員に気を使っているから、他の役員のシマである事業部門に手を突っ込むこともやりたくない。

 そんなこんなで早期リストラの機を逸し、先送りを続けているうちにどんどん傷口が広がっていく。で、会社が傾くなどにっちもさっちもいかなくなって、ようやくリストラモードになる。だが、ここまで追い込まれてしまうと大量の人員整理が必要となり、割り増し退職金を満足に出せなくなってしまう。退職を迫られた人が「この会社に就職すれば、ずっと安心だと思ったのに」と嘆いても、全ては後の祭りだ。そんな悲惨な状況に陥った日本企業が今まで何社あったか分かりゃしない。

 さて、DXでも何でもない過去のリストラの話を書いてきたが、ではデジタル革命に乗り遅れた日本企業の今日の状況はどうか。そりゃ、かなり深刻なはずだ。で、何よりも問題なのは、多くの企業がリストラとしてのDXの必要性に気付いていない点だ。感染対策と社会経済活動を両立する「ウィズコロナ」への移行に伴う業績回復、あるいは円安やインフレに伴う業績悪化といった目先のことに一喜一憂しているばかりで、今ここに至ってもデジタル革命という地殻変動に対して多くの経営者が鈍感なままだ。だから、やばいのである。

 実は、デジタル革命に乗り遅れてしまったとはいえ、デジタル化の進展は産業によってまだら模様だ。もちろん、デジタル化が引き金となり壊滅状態に陥り、有力メーカーだった大企業が台湾や中国の企業に買われていった家電産業のように、もはや手遅れというところもある。だが、多くの産業においてデジタル革命の深刻な影響が及ぶのはまだこれからだ。今、DXというリスラクチャリングに乗り出せば、十分に間に合うはずなのだ。

 さらに言えば、記事の冒頭に示したように「リストラ=社員の解雇」ではない。今のうちに、しっかりとリストラとしてのDXを実施し、その結果、余剰人員となる可能性がある社員たちにはリスキリングに励んでもらって、ジョブチェンジを図れば、希望退職の募集なんてことをしなくて済むかもしれない。逆に、事業に問題がないうちに、人員削減などの「黒字リストラ」を断行してもよいだろう。当然、会社を去る人に対して最大限に手厚い支援を提供しなければならないが、今なら十分にできるはずだ。

 「ああ、それなのに」である。日本企業でも、これだけ多くの経営者が「我が社もDXを推進せよ」と叫ぶのは、さすがに「よく分からないが、このままではまずいのでは」との直感が働いているからであろう。だとすると、もう少し頭を使ってDXの意味や意義を考えてくれるとよいのだが、DXがリストラだなんて思いも寄らないし、考えたくもないのだろう。何せリストラとしてDXの真反対のことを、DXと称してやろうとしているからな。要するに「現場力強化のためのDX」「部分最適のためのDX」である。

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