DXという名のリストラを推進すべし

 極言暴論のようなコラムで「私情」を述べても仕方がないのだが、DXに伴う解雇をなしにできるのなら、それがよいに決まっている。日本企業の終身雇用が今後とも維持されて、仕事のできない人も路頭に迷うことなく生きてゆけるのなら、もちろんそれがよいに決まっている。それに昭和末期のバブル経済に突入するまで、日本は今の社会主義国よりはるかに平等だった。誰もが今日より明日のほうが豊かになれると信じていた社会が今も維持できるなら、それがよいに決まっている。

 昭和末期のバブル期に社会に出た私は完全に「落ちこぼれ組」で、20代はほぼまともな職にありつけず、恥ずかしながらその日暮らしの時期もあった。今日が貧乏で、明日の希望も見えない状況がどれだけつらいかを分かっているつもりなので、本当のことを言えば「解雇を容易にせよ」などといった発言は絶対にしたくない。むしろ、上から目線で「解雇を容易にせよ」と言うようなやからがいれば、「こいつ、何を言っているんだ」と立腹することだろう。

 だけど、もはや仕方がない。平成時代とほぼ重なる日本の「失われた30年」あるいは「失った30年」は、何度も書いている通り「デジタル革命に乗り損ねた30年」だ。かつての産業革命に匹敵するデジタル革命の大波に乗り損ねた痛手は大きい。失った30年である平成時代を通じて日本経済は停滞し、貧富の差がじわり拡大し、非正規雇用が増えて終身雇用は一部の既得権益層だけのものとなった。そして、デジタル革命からこのまま落ちこぼれてしまえば、確実に奈落の底が待っている。

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 今回はマクロな話を書くつもりはないので、デジタル革命に対する大局観に関わる話はこのあたりにしておく。とにかくこれから先、個々の企業が生き残っていくには、DXという名の大胆なリストラに取り組み、乗り遅れていたデジタル革命の大波に何とか食らいついていくしかない。日本の経済や社会がデジタル革命に取り残されて衰退していくとしても、自分たちだけは生き残って世界と戦っていけるようになるんだとの強い意志がいる。もちろん、個々人も同じだ。「自分だけでも生き残る」。そんな覚悟が必要だ。

 そんな訳なので、日本企業は不作為によって「失った30年」を、DXによって取り返さなければならない。だから、デジタルによる新規ビジネスの創出はやるべきなのだが、それ以上に今まで怠慢してきたことの挽回に取り組まなければならない。別に特別な話ではないぞ。本来、20年以上前に取り組んでいなければならず、米国をはじめ他の先進国の企業ならとうの昔に完了していることを、急ぎ実施すべきだと言っているのだ。要するに基幹系システムの刷新による業務改革をDXの「一丁目一番地」として推進せよということだ。

 これも極言暴論で何度も書いているので「またその話か」と思う読者も多いだろうが、今回はリストラの観点で述べている。ERP(統合基幹業務システム)を導入するなら、アドオンを極力排除、つまり部分最適を排除して全体最適を追求する。そして欧米企業などと同じように業務の効率化を図り、余剰人員を明るみに出して人員削減を断行する。要するに、これまで日本企業がリストラの別名として忌み嫌っていたBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)を推進するわけだ。

 もちろん新たに構築するのは基幹系システムだけではない。「AIだ」「IoT(インターネット・オブ・シングズ)だ」とか言っているシステム、要するにデジタル技術を使ったシステムを構築して、あらゆる業務の効率化を図っていくわけだ。うーむ、それでは甘いか。そうでなくても日本企業の生産性の低さは折り紙つきだから、幾つかの業務を不要にしてしまう必要があるな。こうしたDXという名のリストラを本気で推進すれば、生産性の大幅な向上を期待できるはずだ。

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