「人月商売の元締としてのSIer」の終焉
ユーザー企業がシステム開発の内製化を志向し、手を動かせる普通の技術者を人月商売のITベンダーから「奪取」するようになれば、当たり前の話だが、2つの面で深刻な(私からすればハッピーな)影響をIT業界に及ぼす。SIerなどに発注する工数が大幅に減るわけだから、下請けITベンダーも含め人月商売のITベンダーの収益を直撃する。さらに、超優秀とは言えないかもしれないが、ITベンダーにとってはエース級と言える技術者が次々とユーザー企業に引っこ抜かれれば、人月商売における稼ぎの「元種」を失うことにもなる。
つまり、需要と供給の両面で人月商売のITベンダーは追い込まれていくのだ。まさにそれこそが「SIerは死滅する」のシナリオそのものである。赤っ恥をかいた私の予測がいよいよ現実のものになるわけだ。断っておくが「死滅する」といっても人月商売が完全に蒸発すると言っているわけではないぞ。大幅に縮小するがゼロにはならない。ただ、どんな産業でも同じだが、市場が急速にシュリンクすれば多くの企業が立ち行かなくなる。人月商売の元締としてのSIerは終焉(しゅうえん)の時を迎えるだろう。
実は、大手SIerはさすがに危機感を持っている。だから今「人月商売の元締としてのSIer」から転身を図ろうとしている。どっぷりと人月商売に漬かってきたので華麗なる転身とはいかないようだが、クラウドサービスをベースにしたプラットフォーム事業を立ち上げたり、客のDXを技術的観点からコンサルティングできる(もちろん手も動かせる)技術者の育成に動いたりしている。人月商売のITベンダーの経営者にとって命より大切な指標である「SE稼働率」を下げてまで、技術者を再教育しているようなので本気度は高い。
随分前だが、SIerの本音を聞いたことがある。富士通の当時の役員が次のように語っていた。「2025年ごろまでは経営をSIビジネスが支えていける。大規模案件が減りIT業界の技術者が余ってきても、多重下請け構造のビジネスモデルのずるいところで、ゼネコン的立場にある大手は生き残れる。多重下請け構造の末端のITベンダーにいる技術者は気の毒なことになると思うが、我々はしばらく頑張れるだろう」。極めて正直なコメントで驚いた記憶がある。下請けITベンダーの技術者は心しておいたほうがよいぞ。
関連記事: 「SIも14年かかった、新規事業は10年赤字でもよい」ただ既にお気づきかとは思うが、コメントの中の「技術者は気の毒なことになる」との予言は必ずしも当たらない。この極言暴論の記事で書いてきたように、多くのユーザー企業が手を動かせる普通の技術者の中途採用に乗り出しており、下請けITベンダーからユーザー企業への「技術者の大移動」が始まっているからだ。大移動といっても、今ものすごい数の技術者が一気にユーザー企業へ移動しているという意味ではない。これから先、恐らく2025年くらいまで期間で、多くの技術者が転職していく。その意味での大移動だ。
下請けITベンダーにいる技術者はスキルを磨き、どこかで踏ん切りをつけてユーザー企業への転職を目指してもらいたい。「どうせ無理」などと転職をためらっていると、人月商売の元締をやめようとするSIerから仕事を切られ、所属する下請けITベンダーと運命を共にしないといけなくなるぞ。SIerにいて人月商売に疑問を感じている技術者も同様だ。いつまでも人月商売に留め置かれているならば、転職を考えるべし。ユーザー企業への転職は自分のためだけでなく、世のためにもなるからな。
そんな訳なので、この記事のタイトルを性懲りもなく「SIerは5年で死滅する」とした。前回に比べればはるかに確度が高く、もう赤っ恥をかくこともないはずだからだ。だけど、実のところは不安である。私は既に「オオカミおやじ」と見なされているから、そんなタイトルをつけたことで、この記事の中身を信用してもらえなくなる恐れがある。それに本当のオオカミがやって来たとき、食われてしまうのは私ではなく、信用しなかった技術者たちだからだ。
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著 者:木村 岳史
価 格:1980円(税込)
発 行:日経BP
[日経クロステック 2021年10月25日掲載]情報は掲載時点のものです。

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