ユーザー企業で急増する「プロのCIO」

 潮目が変わったと言われても、信じられない読者もいると思う。木村嫌いなら「あの『オオカミおやじ』がまた騒ぎ出したぞ」と冷ややかな目を向けるはずだ。だが、潮目の変化を示す事例やデータを確かめてみるとよい。例えば求人情報サイトを運営する企業が定期的に発表している中途採用の求人倍率などを見ると、このところ8~9倍といった圧倒的な売り手市場が続いている。ITベンダーが技術者の取り合いを演じているだけでは、こんな倍率にはならない。ユーザー企業の採用意欲がものすごいということだ。

 さらに、こんな事実もある。これまでシステム開発を丸投げしていたユーザー企業は、IT部門が素人集団化しているから技術者の中途採用が難しい。面接の際、応募してきた技術者に対して自社のIT戦略や取り組みなどを満足に説明できないだろうし、そもそも求職者のスキルや適性などの目利きなんてできないだろう。何せ素人しかいないのだから。となると、技術者を採用する前に、自社のIT戦略を語れて技術者の目利きができる優秀な管理職人材が必要になる。そして実は、多くのユーザー企業が既にそのための手を打っているのだ。

 これも日経コンピュータの事例だが、少し前に驚愕(きょうがく)したことがある。何の話かと言うと、CIOにインタビューするコラム「CIOが挑む」に登場した人を1年遡って調べると、13人中10人が転職組だったのだ。もちろん、世の中のCIOが皆そうだとは言えない。ユーザー企業を渡り歩く「プロのCIO」のほうがメディアに登場するケースが多いからだ。だが、転職組のCIOが急増しているのは動かぬ事実。で、彼ら/彼女らは皆、着任するやIT戦略などを立案し、IT部門などの体制を整えるために中途採用に乗り出している。

 それでもまだ納得できない読者のために、ユーザー企業がシステムを内製するために技術者を雇用できるようになった理屈を解説しておく。この極言暴論で何度か説明したが、終身雇用を原則とする日本のユーザー企業は従来、システム開発を担う技術者を社員として雇えなかった。何せ開発の山に合わせて技術者を確保すると、運用フェーズに入った途端、余剰人員化するからだ。要は、開発フェーズで必要な工数と運用フェーズでの工数があまりに違いすぎたのだ。

 では、なぜ今なら可能なのか。一言で説明すれば、開発フェーズと運用フェーズで必要な工数が「平準化」されてきたからだ。今、ユーザー企業はどこもかしこもDXに取り組むようになった。例えば何らかのデジタルサービスのためのシステムは、アジャイル的に短期間で開発を繰り返すし、その後もシステムの改良・改修のための作業を続けていくことになる。従来の基幹系システムのような大規模開発と運用フェーズの保守作業の極端な「工数落差」はなく、永続的に開発を進めていく形となる。

 だからこそ、ユーザー企業は技術者の余剰人員化をそれほど心配する必要はない。ならば、経営者や利用部門との意思疎通やリードタイムの短縮などのために、技術者を社員にしたほうがよい。ITベンダーとの余計な駆け引きによるコミュニケーションギャップや、「お見積もり」から始まる契約プロセスの煩雑さによるスピードダウンは、可能な限りゼロにしたほうがよいに決まっているからな。

 もちろん、それでも開発と運用の工数落差は完全にゼロにはならないから、開発時には外部の技術者の支援が依然として必要だろう。しかし、多重下請けによる大量動員といった労働集約型の支援はもはや不要だ。老朽化した基幹系システムを抱えるユーザー企業はその刷新の際に、多少は人月商売のITベンダーの支援を必要とするかもしれない。ただし、もはや丸投げしないだろうし、可能な限りERPパッケージやクラウドサービスをそのまま使おうとするはずだ。つまり、SIerなど人月商売のITベンダーの「取り分」は確実に小さくなる。

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