下請けベンダーの技術者がユーザー企業に転職
いや、潮目が変わろうとしている、ではないな。潮目が大きく変わった、と言ったほうがよいだろう。その象徴と言えるような記事が、日経コンピュータ2021年10月14日号に特集「内製の極意」として掲載されている。日経クロステックにも転載されているので、有料会員の読者なら一度じっくり読んでみるとよいだろう。もちろん読めない人も多いだろうから、私が「ええ話や」と思ったところを紹介しておこう。
この特集はシステム開発の内製化に取り組むユーザー企業を紹介するものだが、大切なのは「内製」を企画、設計、開発、保守まで全てを手掛けていることと定義した点だ。要は、システムの企画からせいぜい設計までしか手掛けない「なんちゃって内製」とは訳が違うのだ。そのうえでエディオンやカインズ、グロービス、セブン&アイ・ホールディングス、ファーストリテイリング、星野リゾート、良品計画の事例を紹介している。
例えばセブン&アイは、決済サービスの「7pay」の不正アクセス事件後にシステムの内製化に踏み切った。技術者を中途採用して今では160人を抱え、今後少なくとも2倍の人員に増やすそうだ。セブン&アイと言えば「IT活用先進企業」として名が通っていた半面、こう言っちゃ申し訳ないが、システム開発を全てITベンダーに依存する「丸投げ企業」としてもITベンダーの間で名が通っていた。だからセブン&アイが内製にかじを切ったのは、とても興味深く、潮目の変化を象徴する事象なのだ。
同じく特集に登場するホームセンターのカインズでは、役員が味わいのある話をしている。「手を動かせる人材しか採用しない」と断言したのだ。結果的にSIerではなく2次請け、3次請けのITベンダーに勤めていた技術者を雇用するケースが多いという。私も似たような話を別の企業のCIO(最高情報責任者)から聞いたことがある。なんちゃって内製ではなく、実際の開発から保守までを自らが手掛ける(フルの)内製を目指すなら、これは当然のことである。
ユーザー企業がITベンダーから技術者を引っこ抜いて、システム開発の内製化を進める。このトレンドがエキセントリックな形ではっきりと見えたのは2017年の夏のことだ。「シリコンバレーより、南武線エリアのエンジニアが欲しい。」「えっ!? あの先端メーカーにお勤めなんですか! それならぜひ弊社にきませんか。」――。トヨタ自動車がJR南武線の駅に掲示した求人広告には度肝を抜かれた。南武線沿線に拠点や工場を多数構える富士通では、将来を嘱望されていた技術者がトヨタへ転職していったとも聞く。
当時の私は「しめしめ」と思っていた。まさにSIerの死滅へとつながる「初めの一歩」にふさわしい事例だったからだ。だがこの動きの主な対象は、あえて「残念ながら」と書くが、AI(人工知能)といった先端分野を担う技術者など「超」がつくような優秀なIT人材であり、そうした人材にトヨタをはじめとした大企業が高額報酬を提示して獲得競争を繰り広げた。いわば、ITベンダーからユーザー企業への人材の移動は「上滑り」状態だったわけだ。そうではなくて、普通の技術者がユーザー企業にどんどん転職するようにならないと、状況は変わらない。
ここで言う「状況」とはもちろん、ユーザー企業がシステム開発などを丸投げすることを起点とするIT業界の多重下請けの現実だ。つまり、これではSIerなど人月商売のITベンダーは死滅しない。そんな訳で私は大恥をかいたが、最近になって状況は大きく変わりつつある。先ほど紹介した日経コンピュータの特集の事例を「一部の動き」と勘違いすることなかれ。多くのユーザー企業がシステム開発などを丸投げしていたことを悔い改め、普通の技術者、ただし手を動かせる技術者の中途採用に乗り出している。
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