まずは経営者の年功序列をやめたらどうか
大手製造業でCIOを務めた人が嘆いていた。この人も外部招へい組だが、2~3年で去るようなことをせず、基幹系システムの刷新やIT部門の改革をはじめ長期間にわたってDXの推進を主導した。本人としても成果を上げたとして退任したが、半年もしないうちに想定外の出来事が起こったという。この人の方針や取り組みを否定する動きが出てきたのである。要するに反革命だ。断片的な情報しか入ってこないので、この元CIOは全てを把握しているわけではないが、その張本人たちはお膝元のIT部門のマネジャー、シニア層なのだという。
後任のCIOは新卒採用の終身雇用組。つまりIT部門の中だけで「出世」してきた人だという。とはいえ、先代CIOの薫陶を受けてきたので、DXなどの改革を継続してくれるはずだった。しかし、やはり「和をもって貴しとなす」タイプのようで「反革命勢力」の部下の主張に耳を傾けてしまう。で、反革命勢力の主張を端的に言うと「事業部門のご用を聞け」だ。基幹系システムは全体最適の観点で再構築したが、これから先、事業部門の要求に応じて改修していくという。もちろん、それは元のもくあみ、部分最適への回帰である。
こうした反革命はどんな日本企業でも起こり得る。外部招へいされたCIOや中途採用されたキレッキレの技術者がどんなに成果を出しても、彼ら彼女らは数年後にはその企業にいない。これから先もずっと企業に残り続けるのは、新卒採用の終身雇用組だ。DXの必要性を理解していたはずの経営者も、所詮はサラリーマン経営者。要するに新卒採用の終身雇用組の親玉である。何せ経営者の交代も年功序列だからな。DXなどの推進役がいなくなれば、新卒の終身雇用組にとって居心地のいい状態に戻っていくわけだ。
「それって組織文化や社員のマインドセットを変えられなかったからではないか」と思う読者がいるだろうが、まさにその通り。ただし、文化や人の心を変えるのは2~3年、あるいは5年ほどでは不可能だ。特にシニア層は20年、30年とムラ社会の住人であり続けていたから、短期間でマインドセットが変わるわけがない。しかも忖度(そんたく)の名人になっているから、改革派のCIOらがいるときには、変わったふりができる。で、いなくなれば、再び忖度し合いながら元の居心地の良いムラ社会に戻していくだろう。
米国企業でも組織文化を変えるのは難しいと聞くが、それでも日本企業に比べればはるかに容易だろう。何せ社員のマインドセットが変わるかどうかの前に、社員自体が入れ替わる。大半の社員が転職でより良いキャリアを築こうと考えているので、「システム刷新で自分の仕事をなくしてしまおう」という驚きのプロジェクトも可能になる。以前も紹介したが、30年以上も前の米国取材で出くわした事例だ。
関連記事 自分の仕事を無くしてしまえ当時はメインフレームをオープン系のサーバーに置き換える「ダウンサイジング」が流行し始めた頃で、建設会社でメインフレームの保守運用を手掛けていたIT部員たちに、CIOが「自分の仕事をなくしてしまおう」と呼びかけたのだ。プロジェクトを完遂すればメインフレームの仕事はなくなるが、まだ激レアだったダウンサイジングの成功という実績をIT部員たちは手に入れられる。「私を含め大半のメンバーはプロジェクト成功の実績を元手に、より良い仕事を求めて転職するつもりだ」とCIOは話していた。
そういえば、日本経済の長期低迷はついに「失われた30年」と呼ばれるに至った。30年以上前にはむしろ「米国の衰退」がささやかれていたが、米国企業のイノベーションのマインドは全く腐っていなかったわけだ。一方、日本経済や日本企業の停滞は深刻で、人材の流動化が劇的に高まらなければ、なかなか復活への道筋を描けない。うーん、困った。そうだ、まずは新卒採用の終身雇用組の親玉である経営者が年功序列をやめたらどうか。一部の企業が試みているように、外国人に経営を任せたら、変革の糸口をつかめるかもしれないぞ。
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発 行:日経BP
[日経クロステック 2022年10月24日掲載]情報は掲載時点のものです。

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