
外資系企業に以前勤めていた日本人が「あれはビビった」と話すのを聞いたことがある。何の話かというと、その企業の本社で勤務していたとき、CIO(最高情報責任者)がCEO(最高経営責任者)と口角泡を飛ばして議論している場面に出くわしたことがあったとのこと。議論は白熱し「つかみ合いのけんかになるのではないかとヒヤヒヤした」そうだ。
けんかになりそうなほど白熱した議論の詳細までは教えてもらえなかったが、システム刷新の方針を巡る議論だったようだ。CIOは短期間に一気に刷新するアグレッシブな案を示し、それに対してCEOはリスクが高過ぎると難色を示す。そんな構図だったという。まさか本当につかみ合いにはならないだろうが、「和をもって貴しとなす」日本人からすると、けんかになるとしか思えないような激しさだったそうだ。
「CIOからすれば、自分の今後のキャリアに関わりますからね。そりゃ、ああなりますよ」とその人は言った。読者もよくご存じの通り、米国では同じ企業で長期にわたり働く人は少ない。CIOなどの役員も今いる職場で実績を上げて、それを「元手」にさらに良い条件の職場を目指して転職していく。しかも米国企業が高く評価するのは、斬新な取り組みやリスクの高い案件を成功に導いた実績だ。だからこそ、このCIOもアグレッシブな案についてCEOから賛同を取り付けようと必死だったのだろう。
「そうは言っても、失敗したら元も子もないではないか」と思う読者がいるかもしれない。まさにその通りだ。特に大規模なシステム開発プロジェクトを失敗させたら、CIOにとってはキャリアの破滅だ。当然、リスクをミニマイズしようとする。といっても、システム刷新の案を見直して難易度を下げるわけではない。「私、失敗しないので」という優秀なプロジェクトマネジャーやエンジニアを雇うのはもちろん、プロジェクトの失敗につながるようなリスクの芽も可能な限り潰そうとする。
具体的に言うと、事業部門の個別の要求は頑として受け付けない。例えば基幹系システムの刷新でERP(統合基幹業務システム)を導入するとなったら、アドオンはミニマイズするという方針を貫く。業績分析や事業予測などに必要なリポーティング機能などは要望に応じてアドオンをつくるが、既存の業務のやり方やプロセスを踏襲するためのアドオンはよほどの理由でもない限りつくらない。事業部門の長にねじ込まれてもひるむことはない。何せCEOにも口角泡を飛ばして食ってかかるほどだからな。
要するに、新しいデジタルサービスの構築や最新技術の導入、あるいはシステム刷新に伴う抜本的な業務改革といったリスクにはチャレンジするが、事業部門の個別要求の実現といった、しょうもない話でのリスクは徹底的に排除するということだ。もうお気づきかと思うが、日本企業のCIOとは正反対である。日本企業のCIOは、最新技術の導入や変革といった、わくわくするような取り組みはリスクが高いとして避け、事業部門のご用を聞くといったしょうもない取り組みで火だるまとなる。その違いは何か。そう、あれしかない。
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