流行の「ジョブ型雇用」のもう1つの側面
ここまで読んできたのなら、記事冒頭の「日本の終身雇用制度とITは恐ろしいほど相性が悪い」の意味が分からなかった読者も、十分に理解してもらえたと思う。そしてデジタル革命が進行し、多くの企業がDXに取り組めば取り組むほど、ますます相性が悪くなっていくのも理解いただけただろう。転職や中途採用が増えているとはいえ、雇用制度自体を見直さない限り、日本企業は立ち行かなくなり、結局は多くの人がまともに暮らしていけなくなってしまう。私はそう危惧するが、いかがか。
当然、それでも「解雇を容易にせよ」とはとんでもない話だと反発する人も多いだろうが、そもそも終身雇用で守られているのは、大企業の正社員など限られた人たちだ。昭和の高度成長期とは異なり、今では誰もが正社員になれるわけではない。しかも、その限られた正社員の雇用を守るために、多くの企業が派遣社員など非正規労働者を雇用の調整弁として使っている。正規と非正規の間には高い壁があり、非正規労働に従事する人はそこから抜け出したくてもなかなか抜け出せない。それが今の日本の実情だろう。
さらに言えば、大企業でなければ正社員になったところで終身雇用が保障されるわけではない。その典型例はもちろん、我らが人月商売のIT業界である。常々この極言暴論で指摘している通り、IT業界の多重下請け構造の底辺に位置する人売りITベンダーに身を置けば、終身雇用などは保障されるものではない。SIerら大手ITベンダーが需給変動に備えるために多重下請け構造を利用している以上、不況になれば人売りベンダーは仕事を切られ、技術者が退職に追い込まれる事態となる。
関連記事 ITの多重下請けは3層構造、ブラック業界の本質を知るべしそんな訳なので、そろそろ日本企業、そして日本社会全体で「社是」や「国是」としてきた終身雇用を前提とする日本型雇用制度を見直すべきだと思うぞ。いきなり米国のようになれとは言わないが、このままではデジタル革命の時代を乗り切ることなんかできやしない。もちろん、リスキリング(学び直し)の機会の提供や失業対策などのセーフティーネットの強化も不可欠なので、社会的合意の形成のための議論はできるだけ早く始めたほうがよい。
恐らく、終身雇用の大企業で大して働きもしないのに全産業の平均以上の給与を受け取り、将来の年金も安心だという「既得権益層」は大反対だろう。しかし、学び、スキルを身に付け、努力する人には悪い話ではあるまい。特に不本意な非正規雇用からの脱出を目指す人にとっては、大きな可能性が開けることになる。それに既得権益層であっても、リストラでろくなスキルもない状態で退職に追い込まれ、再就職がままならない人たちが大勢いる。終身雇用が保障されず緊張感を持って働くようになれば、そんな悲劇は避けられるんじゃないか。
「人材の流動化は賛成だが、日本の雇用制度を変えることなど不可能ではないか」と思う読者もいるはずなので、最後に1つだけ指摘しておく。自覚があるかどうか分からないが、日本企業は既に一歩踏み出しているんだよ。何の話かというと、大手ITベンダーなどで流行中のジョブ型雇用の導入だ。職務を明確に規定してその専門性にふさわしい処遇をしようという雇用制度だが、ジョブ型雇用にはもう1つの側面がある。それは会社都合による解雇が容易になるということだ。
だって当たり前だよね。職務定義書(ジョブディスクリプション)に定義された仕事がDXなどにより消滅すれば、その職務を担っていた人は原則として解雇せざるを得ない。実際に、欧州諸国は日本と同様、解雇に対する規制が厳しいが、ジョブ型雇用が基本だから、リストラは日本企業より大胆に実行できる。もちろん日本の労働法制度はジョブ型雇用を前提にしていないので簡単な問題ではないが、ジョブ型雇用の本質はよく認識しておいたほうがよい。
いずれにせよ、終身雇用を原則とする雇用制度は「日本の失われた20年」以降、終身雇用の枠外に置かれた人を大量に生み出すなど、形骸化や劣化がひどい。デジタル革命によるディスラプション(破壊)が進むなか、このままでよいはずがない。企業のDX、日本全体のDXと併せて、デジタルの時代にふさわしい雇用制度をつくり出さないと、企業は衰退し、多くの人が貧しくなる一方だぞ。
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著 者:木村 岳史
価 格:1980円(税込)
発 行:日経BP
[日経クロステック 2022年9月12日掲載]情報は掲載時点のものです。

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